第六章 第一話「夢へのダイブと、箱庭の支配者」
レジスタンスのアジトは、希望と緊張に満ちていた。
二つのキー、「プロテクトアーティファクト」と「キードライブ」は、今、わたしの手の中にある。残るキーは、あと一つ。
「最後のキーは、物ではない。上層部が人々の精神を管理するために作り出した、バーチャルな『夢の世界』そのものじゃ」
エルダーの言葉に、わたし達は息をのんだ。
「その世界への入り口は、地下世界の各区画に設置された娯楽施設『ドリーム・シアター』。そのメインサーバーに、物理的にダイブする必要がある」
ビブラーからも通信が入った。「ピルが、その世界で何かを企んでいる。奴は、ただの上層部の駒ではない。気をつけろ、くろすけ」
仲間たちの激励を背に、わたし達は、最も警備が手薄な古いドリーム・シアターへと潜入した。そして、中央に鎮座する巨大なサーバーに接続された、三つのヘッドギアのような装置を、覚悟を決めて装着した。
「じゃあ、行ってくるぜ。夢の世界で、神様気取りの野郎をぶん殴りにな」
ナイの軽口を最後に、わたしの意識は、光の洪水の中へと吸い込まれていった。
目を開けると、そこは、信じられないほど美しい場所だった。
どこまでも広がる青い空、緑の草原、そして、おとぎ話に出てくるような可愛らしい街並み。地下世界の、あの無機質な風景とは正反対の、完璧な楽園。
人々は皆、幸せそうに微笑み、小鳥はさえずり、心地よい風が吹いている。
「……気味が悪いぜ。完璧すぎる世界ってのは、大抵ロクなもんじゃねえ」
ナイが、その違和感を口にする。彼の言う通り、この幸福はあまりに均一で、どこか空虚に感じられた。
わたし達が状況を把握しようとしていると、その楽園に、一人だけそぐわない姿の男が、幻のように現れた。
白い制服をまとった、監視官ピル。
「ようこそ、くろすけさん。私の『箱庭』へ」
彼は、まるで旧知の友を迎えるかのように、にこやかに言った。
「ここは、地下世界の住人たちの夢の集合データから、私が作り出した、完璧な実験場です。あなた方が、今日、ここへ来ることも、もちろん計算済みでしたよ」
ピルこそが、このバーチャル楽園の創造主であり、絶対的な支配者。わたし達は、まんまと敵の掌の上へと、自ら飛び込んでしまったのだ。
「では、始めましょうか。物語の、最終テストを」
ピルが、指揮者のように優雅に指を鳴らす。
その瞬間、世界は、悲鳴を上げた。
青い空は、血のような赤黒色に染まり、美しい建物は、禍々しい廃墟へと崩れ落ちていく。幸せそうだった住民たちは、その顔から表情を失い、目から光を消した、悪夢の怪物「ナイトメア」へと姿を変えた。
「さあ、心ゆくまで見せてください。あなた方の抱く『希望』という名のデータが、絶対的な『絶望』によって上書きされる、その美しい瞬間を」
ピルの、冷たく、愉悦に満ちた声が響き渡る。
わたし達は、無数のナイトメアに囲まれていた。
ネオンを救うための最後の戦いは、最悪の敵が作り出した、悪夢の世界で、その幕を開けた。