第五章 第十話「魂の叫びと、英雄の覚醒」
「――『ビブラー・エージェント』ッ!!」
わたしの魂からの叫びが、白亜の回廊に響き渡る。
その名を、その誇りを、思い出してと。
わたしの喉元、数ミリで止められた剣先。それを握るパル様の腕が、小刻みに震えている。殺意に満ちていた彼の赤い瞳の中で、まるでノイズが走るかのように、青い光が激しく明滅し始めた。
「私は……パル様……上層部の、忠実な……違う……私は……」
過去の記憶の断片が、濁流のように彼を襲う。民衆からの喝采、仲間との誓い、上層部への反逆、そして、裏切りの痛み。押さえつけられていた魂が、洗脳という名の分厚い氷を、内側から突き破ろうとしていた。
「私は、誰だ……! 私は、一体、誰なんだッ!」
パル様――ビブラーは、苦悶の絶叫と共に、自らの手で、首にはめられた銀色のチョーカーを掴んだ。
バキィィィン!!
けたたましい音を立てて、洗脳の制御装置が砕け散る。
禍々しい赤い光が消え、彼の瞳に、かつての英雄が持っていたであろう、理知的で、どこまでも澄んだ青色が戻ってきた。
「……思い出した。そうだ……私の名は、ビブラー・エージェントだ」
その頃、監視室のピルは、つまらなそうに呟いていた。
「おやおや。最高の駒が、壊れてしまいましたね。これは想定外のバグです。残念ですが、不良品は、侵入者共々、ここで廃棄処分といたしましょう」
ピルの指がコンソールを操作すると、シェルターの壁面がスライドし、その奥から、無数の警備オートマタが出現。わたし達を完全に包囲した。
絶体絶命。しかし、今度は一人、仲間が増えている。
「君たち、すまなかった。そして、心から感謝する」
正気に戻ったビブラーが、その美しい剣を構え、わたしの前に立った。
「この恩は、ここで、この剣で返させてもらう!」
「四人の英雄」の、反撃が始まった。
ビブラーの剣は、もはや嵐ではなかった。静かで、美しく、しかし、全てを切り裂く絶対的な理そのものだった。
彼が道を切り開き、ナイが死角を固め、よもぎちゃんの爆発が敵の陣形を崩し、そして、わたしが要となる敵を討つ。完璧な連携だった。オートマタの軍勢は、瞬く間に鉄屑の山と化した。
戦闘の後、ビブラーは、自らが守っていた「キードライブ」の保管庫の封印を、自らの手で解いた。
「ネオンは、かつての私の、かけがえのない相棒だった。どうか、彼女を……あいつを、救ってやってくれ」
彼は、そう言って、第二のキーを、わたしの手に託した。
「私はここに残り、レジスタンスと共に、内側から上層部を討つ。君たちは、先へ進んでくれ」
ビブラーに見送られ、わたし達はシェルターを脱出した。アジトへ帰還すると、英雄の覚醒と二つ目のキーの入手の報に、レジスタンスたちは歓喜の声を上げた。
二つのキーを手に入れた。残るキーは、あと一つ。
ビブラーは言った。「最後のキーは、物理的な物ではない。上層部の心臓部…奴らが作り出した『夢と現実の境界』そのものかもしれん」と。
最終決戦の地は、夢の世界。
わたしは、託された希望と、二つのキーを強く握りしめた。
ネオンを救い出すための、最後の戦い。その覚悟は、もう、できていた。