第五章 第八話「白亜の要塞と、心を失くした英雄」
レジスタンスのアジトで、わたし達は中央シェルターへの潜入作戦を練っていた。
「このシェルターは、元々、ネオン自身が設計した聖域じゃ。考えうる限り、最高のセキュリティが施されとる」
エルダーが広げた設計図は、無数の警備網と認証システムで埋め尽くされていた。正面からの突破は、万に一つも可能性はない。
作戦は、一つ。シェルター全体のエネルギーを管理する下層の補助動力室に過負荷をかけ、ほんの数分間だけ、セキュリティレベルを強制的に低下させる。その隙に、キードライブが保管されている中央区画へと駆け込む、という危険な賭けだった。
作戦決行の夜。わたし達三人は、ジンの手引きで、シェルターの最下層にある、古いメンテナンス用のダクトから内部へと侵入した。
そこは、白亜の壁と柱がどこまでも続く、まるで神殿のような空間だった。しかし、そこに神聖さはなく、ただ、生命の気配がしない、冷たく、完璧な静寂が広がっているだけだった。
補助動力室へと向かう、長い回廊。
順調に進んでいるかと思われた、その矢先。
前方の通路の奥から、一人の男が、静かにこちらへ歩いてくるのが見えた。
磨き上げられた白銀の鎧。風になびく、美しい絹のような長髪。そして、腰に下げた、気品のある一振りの剣。
彼こそが、ビブラー・エージェント――『パル様』。
その姿は、あまりにも気高く、美しかった。だが、彼の瞳には、何の光も宿ってはいなかった。まるで、魂だけが抜き取られてしまった、精巧な人形のようだ。
「……警告。ここはクラスSの制限区域だ。登録なき生体反応を確認。速やかに退去せよ」
感情の抑揚が一切ない、プログラムされたかのような声。
「わたし達は、敵じゃない! あなたを……」
わたしが、必死に呼びかけようとした、その時だった。
遠く離れた上層部の監視室で、ピルが退屈そうにコンソールを操作していた。
「おや、これでは期待した戦闘データが取れませんね。仕様を変更しましょう。彼には、もう少し、積極的に動いてもらわなくては」
ピルが、一つのスイッチを押した。
瞬間、パル様の首筋にはめられた、銀色のチョーカーが、禍々しい赤い光を放った。
「ぐっ……ぁ……!」
パル様は、一瞬だけ、苦悶に顔を歪めた。だが、次の瞬間には、その瞳は殺意に満ちた、血のような赤色に染まっていた。
ガシャァァァン!!
わたし達が来た通路と、行く先の通路が、同時に分厚いシャッターで封鎖される。完全に、閉じ込められた。
「……排除対象、ロックオン。殲滅モード、起動」
感情の消え去った声でそう告げると、パル様は、その場から姿を消した――ように見えた。
目にもとまらぬ速さで、彼はわたしに肉薄していたのだ。
キィン!と、彼の剣を、わたしのロングソードが辛うじて受け止める。その一撃は、あまりにも速く、重く、鋭く、そして、どこまでも悲しかった。
「やめて! わたし達は、あなたと戦いたくない!」
わたしの悲痛な叫びは、赤い光に心を閉ざした、かつての英雄には届かない。
閉ざされた白亜の回廊で、地下世界最強の騎士との、逃げ場のない死闘が、強制的に始まってしまった。