第五章 第三話「囚人施設の潜入と、白衣の監視官」
作戦決行の時刻。わたし達は、レジスタンスのジンが手引きしてくれた、第七囚人管理施設の巨大な廃棄物ダストシュートの前に立っていた。
「この先は、俺たちも未知の領域だ。気をつけてくれ」
ジンの言葉を背に、わたし達は鉄の要塞の内部へと、その身を投じた。
内部は、白い壁と青いラインで構成された、病院のように清潔で、そして冷たい空間だった。巡回する警備オートマタの規則正しい駆動音と、壁に埋め込まれた無数の監視カメラの赤い光が、侵入者に絶え間ないプレッシャーをかけてくる。
「ここのカメラは、3秒周期で死角ができる。そのタイミングで走れ!」
ナイが、レジスタンスから受け取った設計図を元に、的確な指示を飛ばす。
わたし達は、息を殺して監視網を突破していく。途中、どうしても避けられない赤外線センサーは、よもぎちゃんが自らの体温とは違う、不思議なエネルギーを放って誤作動させ、切り抜けた。
数々のトラップを乗り越え、ついに中央制御室へと続く最後の通路にたどり着いた、その時だった。
扉の前で、一人の青年が、まるでわたし達が来るのをわかっていたかのように、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。塵一つない、真っ白な制服。その胸のプレートには、『管理官:ピル』と記されている。
「はじめまして、未登録のバグの皆さん。この施設の秩序を乱すことは、私が許しません」
丁寧な口調とは裏腹に、その目は一切笑っていない。
ピルと名乗った男が、手にした銀色のロッドを起動させると、バチバチと青い電光が迸った。彼の動きは、機械のように正確無比で、人間的な感情の揺らぎが一切感じられない。一心流の剣技をもってしても、その完璧な防御を崩すのは容易ではなかった。
「ナイさん、先に行ってください! ここはわたしが引き受けます!」
「無茶すんじゃねえぞ、くろすけ!」
わたしはピルと一対一で対峙し、その猛攻を必死に受け止める。その背後で、ナイが制御端末に駆け寄り、レジスタンスから託されたハッキングツールを接続した。
「くそっ、プロテクトが硬え!」
ナイが焦りの声を上げる。わたしの剣と、ピルの電磁ロッドがぶつかり合い、激しい火花を散らす。時間が、ない。
「――やったぜ!」
ナイの歓声が響き渡った、その瞬間だった。
ウウウウウウゥゥゥゥーーーーーッ!!
施設全体に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。それは、この施設に収容されている全ての囚人たちの首にある、赤いレーダーが機能を停止したことを示す「解放のサイレン」だった。
独房で、作業場で、虚ろな目をしていた囚人たちが、次々と「あれ……?」「俺は、ここで何を……?」と、失われた自我を取り戻し始める。やがて、それは「自由だ!」という雄叫びへと変わっていった。
ピルは、その大混乱を、まるで面白い実験結果を観察するかのように、冷静に見つめていた。
「……なるほど。これは、良いデータが取れました。記録しておくことにしましょう」
彼は、余裕の笑みを崩さないまま、わたしに一礼した。
「では、またいずれ、お会いしましょう」
そう言い残し、ピルは通路の闇へと、音もなく消えていった。
作戦は、成功した。
蜂起した囚人たちと、それを鎮圧しようとするオートマタとの間で、施設は完全な戦場と化している。
「行くぞ、くろすけ!」
わたし達は、この歴史が変わる瞬間の大混乱に紛れ、レジスタンスのアジトへと、全速力で駆け抜けていった。