第四章 第六話「トラバーサルな町と、狂気の祝祭」
ボーンハドーンの不条理な門を抜けた先にあったのは、爆発の街とは正反対の、不気味なほど静かで、清潔で、整然とした町だった。
住民たちは皆、まるで仮面を被ったかのように同じ笑顔を浮かべ、すれ違うたびに「トラバーサルな一日ですね!」「ええ、実にトラバーサルです!」と、抑揚のない声で挨拶を交わしている。
「……やべえな。想像以上に、頭のネジが飛んでる街だ」
ナイが、わたしにしか聞こえない声で呟く。この町では、「トラバーサル」以外の感想を口にすることは、死を意味する。わたし達は、息を殺すようにして、その異様な雰囲気の中を進んだ。
まずは腹ごしらえと情報収集を兼ねて、一軒の食堂に入る。メニューに書かれていたのは「トラバーサルイワシの目玉煮込み」や「トラバーサル芋虫のゼリー寄せ」など、名前を聞くだけで食欲が失せるものばかり。
わたしが注文した「トラバーサル肉団子」は、泥と腐った草を混ぜて固めたような、形容しがたい味がした。
「うっ……!」
思わず顔をしかめてしまった、その瞬間。食堂にいた全ての客の視線が、ナイフのようにわたしに突き刺さった。店主が、無表情のまま、ゆっくりと肉切り包丁に手を伸ばす。
「くろすけ!」
ナイに肘で小突かれ、わたしは我に返った。
「と、と、と、トラバーサル! 実に、トラバーサルなお味です!」
わたしが震える声で叫ぶと、突き刺さるようだった視線はふっと和らぎ、客たちは満足そうに頷いて、再び自分たちの食事に戻っていった。生きた心地がしない。
精神をすり減らしながら、わたし達は町の中心にある大聖堂へとたどり着いた。そこで待っていたのは、慈悲深い笑みを浮かべた、初老の神父だった。
「トラバーサルな旅をされている、巡礼者の方々ですね。ようこそおいでくださいました」
わたしは、この町のルールに則り、必死に言葉を選んだ。
「わ、わたし達は、トラバーサルな道を求めて、トラバーサルな世界を旅しています。どうか、地下へと続くトラバーサルな道を、お教えください」
すると、神父はにっこりと、しかし目の奥は笑わずに、こう言った。
「おお、それはなんとトラバーサルなことでしょう。ええ、ええ、お教えしますよ。ですがその前に、あなた方の、この世界に対する『トラバーサルな愛』、すなわち信仰の心を見せていただきたいのです」
神父が告げた試練。それは、想像を絶するほど恐ろしいものだった。
「ちょうどよろしい。明日は、年に一度の最も神聖な祝祭、『トラバーサルな一日』が執り行われます。その祝祭の、栄えある主役に、あなた方を選びましょう」
にこやかなまま、神父は続ける。
「祝祭では、一年で最もトラバーサルな魂を持つ者を、我らが偉大なる神への『生贄』として捧げるのです。あなた方のような素晴らしい旅人なら、きっと、最高の生贄に……いえ、最高の『主役』になれることでしょう」
断れば、その場で「不信心者」として処刑される。
わたし達は、この狂気の街で、命を懸けた儀式の主役になることを、強制されてしまったのだ。
出口のない、完璧な狂気に支配された舞台の上で、わたし達の運命は、風前の灯火となっていた。