第四章 第五話「珍妙な歌と踊りと、大爆笑の通行料」
「制限時間は一分! ワシを大爆笑させてみろ!」
ボンバー男爵の持つ砂時計の砂が、無情にもサラサラと落ちていく。
「おい、くろすけ、なんとかしろ!」
「む、無茶言わないでください! ナイさんこそ!」
ナイは覚悟を決めたように前に出ると、これまで裏社会で聞きかじったであろう渾身の一発ギャグや、変顔を次々と繰り出した。しかし、ボンバー男爵は眉一つ動かさない。
「くだらん。そんなもので、このワシが笑うとでも思ったか?」
残り時間は、あと30秒。
わたしは焦るばかりで、気の利いたこと一つ思い浮かばない。
「これまでか……!」
男爵が、隣に置いてあった特大の打ち上げ花火に、手をかけた。その、まさに絶体絶命の瞬間だった。
それまで、状況がわからずにおろおろしていたよもぎちゃんが、トコトコと男爵の前に進み出た。
そして、おもむろに二本足で立ち上がると、天に向かって両方の前足を奇妙な形に掲げ、高らかな、しかし見事に音程のずれた声で、歌い始めたのだ。
「よもぎ~、よもぎ~♪ よもぎもぎ~♪」
意味不明な歌詞。くねくねと体を揺らす、全く様になっていない謎の踊り。
あまりにシュールで、前衛的すぎるパフォーマンスに、わたしとナイは、ただポカンと口を開けて固まってしまった。
鉄仮面のように無表情だったボンバー男爵の眉が、ぴくりと動く。
「……なんだ、その、珍妙な歌と踊りは……」
しばらくは、こめかみをひくつかせながら必死に耐えていた男爵だったが、純粋無垢な瞳で、真剣に、全力で歌い踊り続けるよもぎちゃんの姿に、ついに堪えきれなくなった。
「ぶっ……! ぐ、ふははは! あははははははは!!」
一度ツボに入ってしまったら、もう止まらない。
「な、なんだそれは! くだらん! くだらなすぎて、腹が、腹がよじれるわ!!」
男爵は地面を転げ回り、涙を流して大爆笑している。
時間切れ寸前、わたし達は、まさかの形で試練をクリアしたのだった。
「ご、合格だ……! もう許してくれ……!」
笑いすぎてぐったりした男爵は、ぜえぜえと息を切らしながらも、上機GENで巨大な門を開けてくれた。
ボーンハドーンを後にし、次の町へと向かう荒野の道。ナイが、しみじみと呟いた。
「くろすけ……お前のそのもふもふした相棒は、あるいは、この魔界の最強兵器かもしれねえな……」
わたしは、何もわかっていない顔で首を傾げるよもぎちゃんの頭を、誇らしい気持ちで撫でてやった。
やがて、目の前に、奇妙なほど整然とした、次の町が見えてくる。
ナイは、そこで表情を引き締めた。
「忘れるなよ、くろすけ。この先は、『トラバーサルな町』だ」
彼は、真剣な声でわたしに釘を刺す。
「挨拶も、感謝も、悲しみも、怒りも……会話のすべてを、必ず『トラバーサル』という言葉で表現しろ。それ以外の感想を口にしたら、命はないと思え」
爆発の街の次は、言葉狩りの街。
魔界の旅は、休む間もなく、わたし達を次の狂気へと誘うのだった。