第四章 第三話「龍の試練と、魔界への扉」
「まもなく、『龍の住処』に到着いたします。これより先へ進まれるお客様は、お忘れ物のないよう、お支度ください」
車掌のアナウンスが響くと、福々超特急はゆっくりと速度を落とし、どこまでも広がる雲海を突き抜けた。
列車が停まったのは、駅と呼べるような場所ではなかった。天を突くほど巨大な、まるで龍の背骨かのような岩山。その中腹に、列車は寸分の狂いもなく停車していた。空気はどこまでも清浄で、ただ息をするだけで、体中の傷が癒えていくようだ。
わたし達が列車を降りると、そこには一頭の巨大な白銀の龍が、静かにとぐろを巻いて待っていた。その金色の瞳は、宇宙のすべてを見通すかのように、深く、そして厳かだった。
『――よく来たな、人の子らよ』
声ではない。直接、頭の中に響いてくる、荘厳な声。
龍の視線は、ミミちゃんの首で光るお守りに注がれている。
『龍神のお守りを持つ子よ。その願い、聞き届けよう。だが、我らが力を貸すには、相応の代価と覚悟が必要だ』
龍が課した試練は、この龍の住処の奥にある「瘴気の洞窟」に巣食う、病魔の化身を討伐することだった。その化身が放つ瘴気が、龍たちの力をも少しずつ蝕んでいるのだという。
わたし達は、龍に示された洞窟へと向かった。中は、淀んだ瘴気に満ち、息をするのも苦しい。その最深部で、いくつもの首を持つ大蛇の化身「ヤマタノオロチモドキ」が、わたし達を待ち受けていた。
「くっ、瘴気で力が……!」
ナイの動きが鈍り、わたしの剣も重くなる。多頭の蛇が放つ猛毒のブレスに、わたし達は追い詰められていった。
その時、後ろで隠れていたはずのミミちゃんが、必死に手を組んで祈り始めた。
「お母さんを助けたいの! お願い、みんなを守って!」
その純粋な祈りが、奇跡を起こした。ミミちゃんの体から、お守りを中心に、温かい光の波紋が広がる。光は洞窟内の瘴気を和らげ、大蛇の動きを一瞬だけ鈍らせた。
「今だ!」
その隙を見逃さず、ナイが蛇の首の一つをワイヤーで拘束し、わたしが渾身の力でその付け根を切り裂く。よもぎちゃんの爆発が、残りの頭を吹き飛ばした。
試練を乗り越えたわたし達を、龍は満足そうに見つめていた。
『見事だ。約束通り、これを授けよう』
龍の口から、一滴の輝く雫がこぼれ落ち、小さな水晶の小瓶に収められる。どんな病も癒すという、「龍の涙」だ。
ミミちゃんは、涙を流しながらそれを受け取り、わたし達に何度も、何度も頭を下げた。
彼女の旅の目的は、ここで達成された。わたし達は、再び福々超特急に乗り込み、故郷へと帰っていくミミちゃんを、手を振って見送った。
小さな友との別れの後、龍はわたしに向き直った。
『さて、お主の旅は、ここからが本番じゃな』
龍は、わたしが追う声の主、「ネオン」という名が、かつて世界の調和を司っていた「調停者」のものであること、そして彼女がいるであろう「地下」へは、この先の『魔界』を通り抜けねば、決して辿り着けないことを語った。
「魔界は、秩序も常識も通用せぬ、狂気の地。お主の魂が、それに耐えられるか。……それでも、行くか?」
龍の問いに、わたしは迷わず、力強く頷いた。
隣で、ナイも「面白くなってきたじゃねえか」と不敵に笑う。
『よかろう』
龍は静かに頷くと、目の前の空間に向かって、咆哮した。すると、空間そのものが禍々しい紫色の亀裂となり、不気味な風を伴う「魔界へのゲート」が開かれた。
『心して行け、人の子よ。この先は、列車の旅ではない。お主自身の足で、運命を切り開くのだ』
ゲートの向こうには、見たこともない異様な景色が広がっている。
わたしはナイと、そしてよもぎちゃんと顔を見合わせ、覚悟を決めた。
そして、未知なる狂気の世界へと、三人は、その一歩を踏み出した。