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第四章 第二話「思い出を食べる宿と、乗り越えるべき過去」

星々の海を走る列車の中、わたしは豪華すぎる個室のベッドに身を沈めていた。ふかふかのシーツに包まれながら、車掌の言葉を思い返す。

(宿命の駅……わたしを呼ぶ声……)

いつの間にか眠りに落ちていたわたしの意識は、再び、あの青い水晶の世界へと誘われた。

夢の中に、あの少女が立っている。

『来てくれるって、信じてた』

「あなたは、誰なの?」

『わたしは、ネオン……。くろすけ、早く来て。世界の『地下』で、待ってるから……』

「ネオン」という、はっきりとした名前。そして、「地下」という場所。

目が覚めた時、わたしの旅の目的は、確かな輪郭を持っていた。

翌朝、わたし達がラウンジで寛いでいると、他の風変わりな乗客たちと話す機会があった。全身が水晶でできた商人は「ワシは『最も美しい涙の宝石』を運賃として支払った」と語り、古地図を広げた探検家は「龍の住処の先にあるという、『ボーンハドーン』という爆発の街の地図を、今度こそ完成させたい」と目を輝かせている。この列車は、本当に、様々な人の様々な運命を乗せて走っているらしかった。

その時、車内にアナウンスが響き渡った。

「まもなく、『思い出横丁』駅に、到着いたします。当駅での停車時間は一時間でございます」

列車がゆっくりと速度を落とし、ホームに滑り込む。しかし、駅に降り立ったわたし達は、息をのんだ。

そこには、ポツンと一軒だけ、宿屋が建っていた。ウィローの街で見た、あのおぞましい「月影亭」と、瓜二つの建物が。

看板には、『思い出食堂』と書かれている。

「な……なんで、あの宿が……」

ミミちゃんが、怖がってわたしの服の裾を掴む。ナイも「冗談きついぜ」と顔をしかめた。

でも、わたしは逃げなかった。この駅に停まったことには、きっと何か意味がある。

「行ってみよう」

覚悟を決めて食堂の扉を開けると、そこには、あの宿主とそっくりの、しかし穏やかな笑みを浮かべた店主が立っていた。

「いらっしゃいませ。お客様の、一番幸せな思い出を、お料理にいたしました」

そう言って、店主はわたし達の前に、極上の料理を並べた。それは、不思議と、それぞれが心の奥底で求めていた味だった。

「……うめえ。なんだ、これ……懐かしい味がする……」

ナイは、故郷の料理を思い出したかのように、目を細めて肉を頬張る。ミミちゃんも、幸せそうな顔でスープを飲んでいた。

しかし、わたしは気づいていた。料理を一口食べるごとに、幸福感と引き換えに、自分の大切な記憶が、少しずつ薄れていくような感覚に。

わたしは、そっとフォークを置いた。

「とても、美味しいです。でも、わたしは大丈夫」

まっすぐに店主の目を見て、わたしは言った。

「思い出は、食べてなくしてしまうものじゃない。わたしには、これから作る仲間たちとの思い出の方が、もっとずっと楽しみですから」

その言葉に、店主は満足そうに、にっこりと微笑んだ。

「お見事でございます。あなた様は、この先の旅へ進む資格をお持ちです」

この駅は、乗客の覚悟を試すための、最初の試練だったのだ。

列車に戻ると、狐面の車掌が深々とお辞儀をした。

「過去のトラウマを乗り越えられましたな。素晴らしい。では、参りましょう」

車窓の外の景色が、再び星の海へと変わる。

「次はいよいよ、約束の地。『龍の住処』にございます」

幻想的で、時に厳しい試練を課す、運命の列車。

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