第三章 第五話「石像の舞と、お人好しの切符」
「行けぃ、ワシのコレクション!」
カンダタが杖を振りかざすと、店内にいた全てのガーゴイル像が、血のように赤い目を光らせて一斉に襲いかかってきた。
「くそっ、硬え!」
ナイの短剣も、わたしのロングソードも、石でできたガーゴイルの体にはじかれ、ろくにダメージを与えられない。空を飛ぶ個体が上空から奇襲してくるため、気は一瞬たりとも抜けなかった。
「ナイさん、一体だけ足止めを!」
「任せろ!」
ナイが投げたワイヤーが、一体のガーゴイルの足に絡みつき、体勢を崩させる。その隙に、わたしが関節の僅かな隙間を狙って剣を突き立て、動きを止めた。
しかし、わたし達が一体を無力化するそばから、カンダタが杖を振るい、壊れた部分を再生させてしまう。
「無駄じゃ、無駄じゃ! ワシの魔力がある限り、ワシのコレクションは永遠に不滅なのじゃ!」
カンダタの高笑いが、店内に響き渡る。倒しても、倒しても、キリがない。じりじりと追い詰められ、わたし達の体力だけが削られていく。
(このままじゃ、ダメだ……!)
焦りが募る中、わたしは腰に下げた「ウィーローの投げ縄」の感触に、はっとした。
そうだ、元を断てばいい。あの忌々しい杖さえ、無力化してしまえば……!
「ナイさん!」
わたしは叫んだ。
「あの杖を狙います! ほんの一瞬でいい、隙を作ってください!」
「無茶しやがって…だが、面白え! 乗った!」
わたしの覚悟を察したナイの目が、ギラリと光る。
「よもぎちゃん、合わせろ! 全力で行くぜ!」
ナイとよもぎちゃんが、最後の力を振り絞るように、カンダタ本体へと猛攻を仕掛けた。ナイが投げる無数のクナイと、よもぎちゃんの連鎖的な爆発。さすがのカンダタも、その猛攻を防ぐために、一瞬だけ防御に徹さざるを得なかった。
――今、しかない!
わたしは全神経を集中させ、カンダタが構える杖の先端、その一点だけを見つめて、ウィーローの投げ縄を放った。
光の縄は、吸い込まれるように、杖へと正確に絡みつく。そして、まばゆい閃光と共に、あれほど強力な魔力を放っていた杖を、小さな石ころのような玉へと変えてしまった。
「な……ワシの、ワシの杖がぁぁっ!」
力の源を失ったガーゴイルたちは、ピタリと動きを止め、元のただの石像へと戻っていく。
わたし達は、全ての力を失ってへたり込むカンダタを縛り上げ、ついに金庫の中から、温かい光を放つ「龍神様のお守り」を取り戻した。
夜明けの光が、ジャンクションの街を照らし始める頃。わたし達は、ミミちゃんの待つ宿屋へと帰還した。
「ミミちゃん、おまたせ!」
わたしがお守りを彼女の首にかけてあげると、龍の彫刻が、まるで生きているかのように、優しく、力強い光を放ち始めた。
その、瞬間だった。
ポォォーーーーーッ!
遠くの駅から、福々超特急のものだろうか。朝霧を晴らすような、温かくて、どこか懐かしい汽笛の音が、街中に響き渡った。
「あ……!」
ミミちゃんが、駅の方を指さす。
「大神様が、許してくれたんだ! 列車が、あたし達を呼んでる!」
10万Gは、稼げなかった。
でも、わたし達は、お金なんかよりもずっと尊い、「乗車切符」を手に入れたのだ。
少女を助けたいという、ただそれだけのお人好しな気持ちが、ついに奇跡を起こした。
「行こう、ミミちゃん! 駅へ!」
わたし達は顔を見合わせ、光が差し込む駅へと、全力で駆け出した。
福々超特急。その幻の列車が、今、わたし達を、新たな冒険へと導こうとしていた。