第三章 第四話「鉄壁の質屋と、動き出す石像」
ジャンクションの街が寝静まった深夜。わたし達三人は、カンダタ質店の屋根の上に、猫のように音もなく降り立った。
「行くぜ」
ナイが特殊なガラスカッターで天窓を静かにくり抜き、中へと滑り込む。わたしとよもぎちゃんも、その後に続いた。
昼間とはまるで違う。店の中は、無数の赤いレーザー光線が網目のように張り巡らされ、床の至る所に怪しく光るパネルが埋め込まれている。そして、鋼鉄の機械人形「オートマタ」が、規則正しい足取りで店内を巡回していた。
「バートン邸より、警備のレベルが二つは上だな……」
ナイの言う通り、ここはまさに鉄壁の要塞だった。
「くろすけ、俺の合図で跳べ。よもぎちゃんは、あのダクトを通って向こう側のレバーを頼む」
ナイの的確な指示が飛ぶ。
わたし達は、三位一体となって警備網の突破を試みた。
よもぎちゃんが小さな体で換気ダクトを通り抜け、対岸にある制御レバーを肉球で押し、一部のレーザーを停止させる。
ナイが特殊な粉を撒いて不可視の圧力パネルを浮かび上がらせ、わたしが道場で鍛えた跳躍力でそれを飛び越える。
オートマタに見つかりそうになった瞬間は、よもぎちゃんが天井で小さな音爆弾を鳴らして注意を引きつけ、その隙にわたし達が物陰に隠れる。息の詰まるような連携を繰り返し、わたし達は店の最奥にある、巨大な金庫室の扉の前へとたどり着いた。
「お守りは、この中だ」
ナイは聴診器のような道具を分厚い鉄の扉に当て、全神経を集中させてダイヤルを回し始めた。
チ、チ、チ……。
静寂の中、微かな金属音だけが響く。わたしとよもぎちゃんは、固唾をのんでその様子を見守った。永遠のように感じられた時間の後、カチリ、という小さな音と共に、金庫のロックが外れた。
「開いた!」
ナイが重い扉を押し開ける。金庫の中には、たった一つ、あの龍神様のお守りが、禍々しいほどの輝きを放って鎮座していた。
わたしが安堵と共に、お守りに手を伸ばした、その時だった。
パチ、パチ、パチ……。
闇の中から、乾いた拍手の音が響き渡った。
「見事、見事。そこまでたどり着いたネズミは、お前たちが初めてじゃ。だが、ワシの宝に触れることは、誰にも許さん」
金庫室の奥の闇から、ガウン姿のカンダタが姿を現した。その手には、先端に不気味な宝石が埋め込まれた杖が握られている。
「褒美をやろう。ワシの可愛い番犬『ガーゴイル』のエサにしてくれるわ!」
カンダタが杖を高く振り上げた瞬間、店内に飾られていた翼を持つ悪魔の石像たちが、ゴゴゴゴゴ…と地響きのような音を立てて動き始めた。その目は、血のような赤い光を宿している。
お守りは、目の前にある。
しかし、最後の番人は、生身の人間でも、機械の人形でもなかった。
悪徳質屋の店主が操る、悪魔の軍団。わたし達の、絶望的な戦いが始まろうとしていた。