第三章 第三話「強欲質屋と、10万Gの値札」
ドブネズミ団のリーダーから聞き出した情報を頼りに、わたし達は市場の西の外れにある、ひときわ不気味な佇まいの店へとたどり着いた。錆びついた看板には『カンダタ質店』と書かれている。鉄格子がはまった窓と、分厚い鉄の扉が、まっとうな客を拒絶しているかのようだ。
「ごめんください!」
わたしが意を決して扉を開けると、カラン、と乾いたベルの音が鳴った。薄暗い店内には、由来のわからない骨董品や、いわくつきに見える武具が所狭しと並んでいる。カウンターの奥から、値踏みするような鋭い目つきの老人が、ぬっと顔を出した。この男が、店主のカンダタだ。
「ミミのお守りを、返してください! それは、この子から盗まれたものなんです!」
わたしが訴えると、カンダタは面倒くさそうに鼻を鳴らし、店の奥から龍の彫刻が施されたお守りを取り出して見せた。ミミちゃんの目が、ぱっと輝く。
「ああ、この見事な龍神のお守りかい? いい品じゃ。だが、これはもうワシの物。返してほしければ、買い戻すがいい」
カンダタは、そのお守りに一枚の値札を貼り付けた。そこに書かれた数字を見て、わたしは絶句した。
【100,000G】
「じゅ、10万G!? そんなの、あんまりです!」
「価値ある品には、相応の値段が付く。それがこの世界のルールじゃ。払えんのかね?」
カンダタは、わたし達を嘲笑うかのように言った。わたしが怒りで言葉を失っていると、ナイがそっと前に出て、声を潜めた。
「爺さん、俺だよ、ナイだ。こいつはただのお守りじゃねえ。下手に持ってると、あんたも厄介ごとに巻き込まれるぜ?」
裏社会の人間として、脅しをかけるナイ。しかし、カンダタは眉一つ動かさなかった。
「ワシを誰だと思っておる。この街の『上層部』の方々も、ワシの大切な顧客での。お前ごときの脅しが通用するとでも?」
ナイですら、ぐっと言葉に詰まる。交渉は、完全に決裂した。
店の外へ出ると、ミミちゃんはついに「もう、お母さんは助からないんだ……」と泣き崩れてしまった。その小さな背中を見ているうちに、わたしの中で、ふつふつと怒りと決意が湧き上がってきた。
こんな理不尽、絶対に許さない。
「ミミちゃん、大丈夫」
わたしは少女の前にしゃがみこみ、その涙を拭った。
「交渉がダメなら、取り返すまでよ!」
その言葉に、ナイは呆れたように、だけど、どこか楽しそうに口の端を上げた。
「…ちっ、あのクソ爺、俺も気に食わねえ。いいぜ、やってやろうじゃねえか。今夜、もう一度あの店に『お邪魔』して、お宝を頂戴しようぜ」
近くの宿屋の一室。わたし達は、夜の奪還作見の作戦会議を開いていた。ミミちゃんには、安全なこの部屋で待っていてもらう。
「カンダタの店は、夜になるとバートン邸以上の機械警備が作動する。正面突破は不可能。屋根の天窓から侵入する」
ナイが広げた見取り図を、わたしとよもぎちゃんは真剣な目で見つめる。
「ミミちゃん、待ってて。必ず、お守りは取り返してくるからね」
少女との約束を胸に、わたし達はジャンクションの夜の闇へと駆け出した。
目指すは、強欲爺さんの眠る、鉄壁の要塞。今夜、この街で一番大きな「盗み」が始まろうとしていた。