第三章 第一話「幻の列車と、少女の涙」
錬金術師ゾルタンとの一件から、数週間が過ぎた。
わたし達はチームとしてギルドの依頼をこなし、所持金はようやく4万Gに達していた。しかし、目標の10万Gまでは、まだ果てしなく遠い。
「このペースじゃ、福々超特急ってやつが次の街に行っちまうぜ」
ナイがぼやく通り、わたし達の前には、焦りと閉塞感が漂い始めていた。
そんなある日、気分転換に訪れたジャンクションの中央駅で、それは起こった。
「お下がりくださーい! まもなく、臨時列車、福々超特急が、通過いたしまーす!」
駅員の大声と共に、ホームにいた人々がざわめき立つ。
次の瞬間、目の前の空間が陽炎のように歪み、そこから信じられないほど豪華絢爛な列車が滑り込んできた。金と漆で彩られた車体、窓から漏れる温かな光、そして車内で楽しげに食事をする乗客たちの幻影――。
「あれが……福々超特急……」
しかし、列車は駅に停まることなく、まるで夢を見ているかのようなわたし達をあざ笑うかのように、けたたましい汽笛を一声鳴らし、七色の光の粒子となって再び空間の彼方へと消えてしまった。
あまりにも圧倒的な存在感。わたしは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……絶対に、あれに乗る」
決意を新たにした、その時だった。ホームの隅で、小さな女の子がしくしくと泣いているのが目に入った。
「どうしたの? 迷子かな?」
わたしが声をかけると、少女はしゃくりあげながら、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「福々超特急に……乗れなかったの……。龍の住処にいるお医者様に、お母さんの病気を治してもらいに行くはずだったのに……」
少女の話によると、福々超特急に乗るには、莫大な乗車賃の他に、もう一つ、「福々大神様のご機嫌を損ねないための、幸運のお守り」が必要なのだという。彼女はそのお守りを首から下げていたが、今日、ジャンクションの市場で人にぶつかって転んだ拍子に、無くしてしまったらしかった。
「あれがないと、大神様が怒って、列車に乗せてくれないの……うわぁぁん!」
その涙を見て、わたしの中の何かが決まった。
お金じゃない。自分の目的でもない。今、わたしがすべきことは、目の前で泣いているこの子を助けることだ。
「わかった! そのお守り、わたし達が必ず見つけ出すから! だから、もう泣かないで」
「えっ、本当!?」
「うん、約束する!」
わたしの言葉に、隣で聞いていたナイが、盛大にため息をついた。
「おいおい正気か、くろすけ! 俺たちの金策はどうすんだよ! ただでさえ時間がないってのに!」
「でも、この子を放っておけません! ナイさんも、手伝ってくれますよね?」
わたしがまっすぐな目で見つめると、ナイは天を仰ぎ、やがて降参したように両手を上げた。
「……ったく、お前のお人好しには敵わねえよ! わかった、付き合ってやる! その代わり、見つけたら何かヒントくらいはもらうからな!」
こうして、わたし達の目的は、一時的に「10万G稼ぎ」から「広大なジャンクション市場での、たった一つのお守り探し」へと変わった。
そのお人好しな決断が、膠着していたわたし達の運命を、再び大きく動かし始めることになるのを、この時のわたしはまだ知らなかった。