第二章 第十話「裏切りの錬金術師と、二つの玉」
ナイに導かれ、わたし達が向かったのは、ジャンクションの古い薬問屋だった。店の奥にある隠し扉を抜けると、そこには無数のフラスコや怪しげな薬品が並ぶ、広大な地下研究所が広がっていた。
研究所の主、神経質そうな初老の錬金術師ゾルタンは、わたしが差し出した「忘却の砂時計」を見るなり、ぎらついた目でそれをひったくった。
「おお……おお! これだ! これさえあれば、私の研究は完成する!」
ゾルタンが恍惚と叫んだ、その瞬間だった。
ガシャン!と音を立てて研究所の全ての扉が閉ざされ、退路が断たれる。そして、壁のパネルがスライドし、中から機械仕掛けの鎧をまとったゴーレムが三体、姿を現した。
「報酬だと? 愚かな。お前たちには、私の忠実な実験体になってもらう栄誉をやろう! その不思議な投げ縄もな!」
「ちっ、やられたか!」
ナイの舌打ちと同時に、ゴーレムたちが動き出す。わたし達は、背中合わせで敵を迎え撃った。
「ナイさん、援護を!」
「言われなくとも!」
ナイが足元に煙幕弾を叩きつけ、一瞬でゴーレムたちの視界を奪う。その煙の中を、わたしは一心不乱に駆け抜けた。
「そこっ!」
一体のゴーレムの膝関節を、一心流の剣技で的確に破壊する。体勢を崩したところへ、よもぎちゃんの爆発が炸裂し、ゴーレムの上半身を吹き飛ばした。見事な連携プレーだ。
しかし、敵の数が多い。追い詰められたゾルタンが、ついに「忘却の砂時計」を天に掲げた。
「すべて忘れろ! そして私の僕となれ!」
砂時計から、禍々しい紫色の光が放たれ始める。あの光を浴びたら、わたし達は……!
絶体絶命。その瞬間、わたしは迷わなかった。
腰の「ウィーローの投げ縄」を抜き、叫ぶ。
「させるかーっ!!」
狙うは、ゾルタンが掲げる「忘却の砂時計」ただ一つ。
投げ放たれた縄は、一直線に砂時計へと向かい、その紫色の光ごと吸い込んでいく。二つの古代の神器の力がぶつかり合い、部屋中が閃光に包まれた。
光が収まった時、あれほど禍々しいオーラを放っていた砂時計は、小さな紫色のビー玉となって、床にコトリと転がっていた。
力の源を失ったゴーレムたちは動きを止め、ゾルタンは呆然と立ち尽くす。わたし達は、あっけなく彼を捕縛することができた。
「くそっ、金はパーか。俺としたことが、奴の口車に乗せられちまった」
アジトに戻り、ナイは悔しそうに頭を掻いた。
報酬の3万Gは手に入らなかった。福々超特急への道は、また遠のいてしまった。
だけど、わたしの心は不思議と晴れやかだった。
「いいんです。悪い人が、悪いことに力を使うのを止められた。だから、これで良かったんですよ」
わたしの言葉に、ナイはきょとんとした顔をし、やがて、ふっと静かに笑った。
「……ハッ、違えねえや。お前みたいな奴と組むのも、悪くねえな」
金策は振り出し近くに戻ってしまったけれど、わたしは二つの不思議な玉――壁の玉と、砂時計の玉――と、そして、かけがえのない二人の「相棒」との絆を手に入れた。
福々超特急への道は、まだまだ遠い。
でも、最高の仲間たちと共にいる限り、この旅はきっと、どこまでも続いていく。
わたし達は顔を見合わせ、ジャンクションの夜空の下で、新たな一歩を踏み出すために笑い合った。