第二話「錆びた剣と投資話」
目の前に現れた、ぷるぷると震える青いスライム。ファンタジーの世界では最弱モンスターの代名詞だけど、今のわたしにとっては紛れもない脅威だ。
(やるしかない……!)
わたしは、いつの間にか手に握っていた錆びた剣を、ぎゅっと握りしめる。ずっしりと重い。本物の鉄の感触だ。
「い、いくぞー!」
気合を入れて斬りかかってみるけど、スライムの弾力のある体に「ぷにん」と弾かれてしまう。全然ダメージを与えられない。逆に、スライムがぴょんと跳ねて体当たりしてきた。
「うわっ!」
ドスッ、と鈍い衝撃。HPゲージみたいなものは見えないけど、確かに「痛い」。これは、ただのゲームじゃない。
(くそっ、どうすれば……)
何度も斬りかかるけど、結果は同じ。息が上がって、腕がだるくなってきた。
その時、またあの軽快な声が頭に響いた。
――「制作者れんちくんからのお知らせ」――
・そいつの弱点は、頭のてっぺんにある『コア』だ!
・よく狙って、突きを叩きこめ!
(コア!?)
言われてみれば、ぷるぷる震える体の中心に、ビー玉くらいの小さな核が透けて見える。
「そこか!」
わたしはスライムの体当たりをすれすれで避け、背後に回り込む。そして、錆びた剣の切っ先を、そのコア目掛けて――
「せいやっ!」
渾身の力で突き刺した!
ブシュッ!という生々しい音と共に、スライムの体がしぼんでいく。そして、最後は光の粒になって消えてしまった。
後には、一枚の銅貨が「チャリン」と音を立てて落ちていた。
「はぁ……はぁ……た、倒した……」
全身の力が抜けて、その場にへたり込む。たった一体のスライムを倒すだけで、こんなにヘトヘトになるなんて。
でも、手にした銅貨は温かかった。自分の力で稼いだ、初めてのお金だ。
「よし!」
疲れなんてすぐに吹き飛んだ。わたしは銅貨をポケットにしまい込み、意気揚々と石畳の街を歩き始めた。
モンスターを数体倒して銅貨を少しだけ増やしたわたしは、やがて一軒の武器屋を見つけた。
ショーウィンドウには、キラキラと輝く鋼の剣や、宝石が埋め込まれた立派な鎧が飾られている。
「すごい……! こんなのがあれば、もっと楽に戦えるかも!」
期待に胸を膨らませて店に入る。しかし、壁に掛けられた値札を見て、わたしは固まった。
【鋼の剣:10,000G】
【鉄の盾:8,000G】
【皮の鎧:5,000G】
(……ゼロが、多すぎない?)
ちなみに、わたしが今持っているお金は、銅貨12枚。価値がよくわからないけど、1枚1Gだとしても、全然足りない。
「お金がすべて」という、れんちくんの言葉が、ズシンと重くのしかかってきた。
「お嬢ちゃん、何か探してるのかい?」
「あ、いえ……見てるだけです……」
強面の店主にすごまれて、わたしはすごすごと店を出た。
道端に座り込んで、はぁー、と大きなため息をつく。
「これから、どうしよう……」
そんな時だった。
「どうしたんじゃ、嬢ちゃん。そんなところでため息なんぞついて」
ひょこっと、わたしの顔を覗き込んできたのは、みすぼらしいローブをまとった、人の良さそうなおじいさんだった。
「実は、お金がなくて……」
「ほう、金か。金ならワシに任せなさい」
おじいさんは、にんまりと笑った。
「ワシはな、未来の王になる男。ワシに投資すれば、その金、100倍にして返してやろう。さあ、持っている金をすべてワシに預けるのじゃ!」
(ひゃ、100倍!?)
その言葉は、あまりにも魅力的だった。このおじいさんに投資すれば、あの鋼の剣が買えるかもしれない。
わたしはポケットの中の銅貨に手をかけ――ふと、動きを止めた。
(……いや、待てよ)
どう考えても、話がうますぎる。さっきの武器屋の店主より、目の前のおじいさんの方がよっぽど怪しい。
「……ごめんなさい。やっぱり、自分のお金は自分で管理します」
「なにぃ!?」
わたしがはっきりと断ると、おじいさんは途端に不機嫌な顔になった。
「フン! つまらん奴じゃ! ワシが王になった時に後悔するがよいわ!」
そう捨て台詞を吐いて、おじいさん(自称・未来の王)はどこかへ去っていった。
(危なかった……)
楽して稼ごうなんて考えちゃダメだ。この世界は、そんなに甘くない。
「よし! もう一度モンスターを倒しに行くぞ!」
決意を新たにした時、街の人々の会話が耳に入ってきた。
「聞いたか? 道場の門下生募集が始まったらしいぜ」
「道場に入れば、階級も上がるし、戦い方も教えてもらえるってな」
――道場。
そこへ行けば、きっともっと強くなれる。
わたしは顔を上げた。次の目標が決まった。
「待ってろよ、道場! そして、あの黒いビル!」
わたしの『君が世の中』攻略は、まだ始まったばかりだ。