第二章 第九話「ウィローの奇跡と、相棒の証」
ギ、ギギギ……。
宝物庫の四方の壁が、不気味な音を立てながら、確実にわたし達の逃げ場を奪っていく。
「ちくしょう! 完全に物理ロックだ! 外からじゃなきゃ止められねえ!」
ナイが悪態をつきながら壁の継ぎ目を探るが、なめらかな一枚岩のように、突破口は見当たらない。わたしの剣も、よもぎちゃんの爆発も、分厚い壁の前では無力だった。
「このままじゃ、潰される……!」
じりじりと壁が迫り、死の恐怖がすぐそこまで迫る。万策尽きたかと思われた、その時。
わたしは、腰に下げた奇妙な投げ縄の、ざらりとした感触に気づいた。
――どんなものでも、小さな玉に封じ込める――
ナイから聞いた、にわかには信じがたい効果が、頭の中で稲妻のように閃いた。
(まさか、こんな大きな壁まで……?)
でも、もうこれしか無い!
「ナイさん! この縄を使ってみます!」
「本気か!? あんなデカい壁がどうにかなるわけ……!」
ナイの制止を振り切り、わたしは一縷の望みをかけて、目の前に迫る壁の一面に、ウィローの投げ縄を構えた。
「お願いっ!!」
祈りを込めて投げ放つと、縄はまばゆい光を放ちながら、壁へと吸い込まれていった。
次の瞬間、信じられない光景が広がった。
部屋全体が目も開けられないほどの光に包まれる。巨大な石の壁が、まるで粘土細工のようにぐにゃりと歪み、急速に収縮しながら、光の中心点へと吸い寄せられていく。
呆然と見つめるわたし達の前で、あれほど絶望的だった壁は完全にその姿を消し、ビー玉ほどの大きさの「石の玉」となって、コトリと床に落ちた。
壁が一つ消え去ったことで、罠の圧力が止まり、他の壁の動きも停止する。そこには、屋敷の外へと続く、ぽっかりとした空間が生まれていた。
「……マジかよ。伝説は、本当だったのか……」
ナイが、目の前の奇跡を信じられないといった様子で呟く。
屋敷中にけたたましい警報が鳴り響く中、わたしは祭壇から「忘却の砂時計」をひっつかみ、ナイと共に、壁の無くなった穴から夜の闇へと飛び出した。
ナイのアジトに戻り、わたしはまだ震える手で、小さな石の玉を見つめていた。こんなものが、あの巨大な壁だったなんて。
「ウィーローの投げ縄」の、あまりに規格外な力。それを自分が持っていることの重みに、改めて身震いした。
すると、ナイが興奮した様子でわたしの肩を掴んだ。
「嬢ちゃん……いや、くろすけ」
初めて、彼はわたしの名前を呼んだ。
「お前、マジですげえな。ただの幸運じゃねえ。お前自身が、その神器に選ばれたんだ。最後の最後で、そいつを使うって決めたその度胸、大したもんだぜ」
それは、ただの賞賛ではなかった。裏社会に生きる彼が、わたしを対等な「相棒」として認めた証。
わたしの胸に、戸惑いと、誇らしさが入り混じった、確かな手応えが生まれた。
「さあ、報酬を受け取りに行こうぜ」
ナイはニヤリと笑い、わたしが手にした「忘却の砂時計」に目をやった。
「今回の仕事は、まだ終わりじゃねえからな」
その言葉に、わたしは強く頷く。
二人で手に入れた「獲物」を手に、わたし達は再び、ジャンクションの夜の闇へと踏み出していく。この先に何が待っているのか、まだわたしは知らない。