第二章 第七話「投げ縄の秘密と、もう一人の相棒」
悪夢のような「月影亭」での事件の後、わたしとよもぎちゃんは、ウィローの街の人々の厚意で、本来泊まるはずだった「良い宿屋」に招待された。
温かいシチューと焼きたてのパン、そして宿の人々の心からの笑顔。前の宿とのあまりの違いに、わたしは思わず涙ぐんでしまった。よもぎちゃんも、ふかふかのベッドの上で安心しきって眠っている。この街の光と影、その両方に触れた旅だった。
懐には、あの宿主から手に入れた奇妙な投げ縄が入っている。どう使うのかはわからないけれど、ただならぬ力が宿っていることだけは確かだった。
数日の休息の後、わたし達は金策を再開するため、再び列車に乗って中継都市ジャンクションへと戻った。
ギルドに顔を出すと、いきなり周りの冒険者たちから喝采が上がった。
「おお、英雄の帰りだ!」
「あの人食い宿屋を潰した嬢ちゃんか!」
どうやら、ウィローの街での一件は、すでにジャンクションまで噂として広まっているらしい。人々の賞賛に戸惑っていると、聞き覚えのある声が背後からした。
「有名人じゃないか、嬢ちゃん」
振り返ると、ナイ・エージェントが壁に寄りかかって、にやにやと笑っていた。
「へぇ、『ウィーローの投げ縄』か。とんだお宝を手に入れたな、やるじゃん」
彼は、わたしが腰に下げた投げ縄を正確に言い当てた。
「この縄のこと、知ってるんですか?」
「ああ。そいつは古代の神器の一つでな。投げつけた相手を、どんなものでも小さな玉に封じ込めちまうっていう代物さ。使い方を誤れば、世界だって壊せるぜ」
そんなとんでもない物だったとは……。わたしが青ざめていると、ナイはさらに話を続けた。
「そんなお宝を持ってちゃ、裏の連中に目をつけられる。そうなる前に、もっとデカい仕事で一気に稼いで、さっさとこの街からおさらばしねえか?」
ナイが持ちかけてきたのは、とある貴族の屋敷への潜入依頼だった。
「強欲貴族で有名なバートンが、屋敷の奥に『忘却の砂時計』って魔道具を隠し持ってる。そいつをちょいと拝借してくるのさ。報酬は、30,000Gだ」
「ど、泥棒じゃないですか! そんなこと、できません!」
わたしが強く拒絶すると、ナイはわざとらしくため息をついた。
「これはただの盗みじゃねえ。バートンは、その砂時計の力で、自分に逆らった人間の記憶を消し、人々を不幸にしてるんだ。俺達がやるのは、悪党から『記憶』を取り返すための、正義の仕事だぜ?」
人助け。その言葉に、わたしの心がぐらりと揺れた。福々超特急に乗りたいという焦りもある。でも、自分の信条を曲げていいのか。
わたしが葛藤していると、ナイは追い打ちをかけるように言った。
「嬢ちゃんがやらなきゃ、これからも被害者は増え続ける。それでもいいのか?」
「……わかりました。やります」
わたしは、覚悟を決めた。
「でも、これは本当に、人々を助けるためですからね!」
わたしの言葉を聞くと、ナイは満足そうに笑い、右手を差し出してきた。
「話が早くて助かるぜ。よろしくな、相棒」
相棒。
よもぎちゃんとは違う、裏社会に生きる、もう一人の相棒。
わたしはその手を、少し戸惑いながらも、強く握り返した。
自分の選択が正しいのかはわからない。けれど、もう後戻りはできない。わたしは初めて、この世界の「裏の依頼」へと、足を踏み入れることになった。