君が世 第二章 第五話「地下牢の絶望と、小さな爆音」
ひやりとした石の床で、わたしは目を覚ました。頭上には頑丈な鉄格子。ここは、あの宿屋の地下牢だ。隣の牢からは、生気を失った目で虚空を見つめる、他の宿泊客たちの姿が見える。
「よう、お目覚めかい、お嬢ちゃん」
鉄格子の向こうから、ぬっと宿主が顔を覗かせた。その手には、肉を切り分けるための、鈍く光る大きな包丁が握られている。
「お前は若くて活きがいい。明日の晩餐のメインディッシュに決めたよ。せいぜい楽しみにしているんだな」
下卑た笑いを残し、宿主は階段を上がっていく。絶望的な状況に、わたしは唇を強く噛んだ。武器も、道具も、全て取り上げられている。
(よもぎちゃん……)
相棒の無事を祈ることしかできない。わたしが諦めかけた、その時だった。
一方、宿屋の二階。
よもぎちゃんは、固く閉ざされたドアの前で、じっと主の帰りを待っていた。しかし、いくら待ってもくろすけは戻らない。それどころか、地下の奥深くから、微かに主人の恐怖と絶望の気配が伝わってくる。
よもぎちゃんの黒い瞳に、強い光が宿った。
主人は、わたしが助ける。
「キューーーッ!!」
決意の雄叫びを上げると、よもぎちゃんはドアノブ目掛けて、尻尾から小規模な爆発を放った。バチン!という音と共に鍵が吹き飛び、ドアが開く。
廊下に飛び出したよもぎちゃんは、小さな体を俊敏に動かし、宿の中を駆け巡った。途中、見回りの手下たちに遭遇するが、家具の陰に隠れたり、天井の梁を伝ったりして、巧みにその目を逃れる。
そして、研ぎ澄まされた嗅覚が、厨房の奥に隠された地下への扉を突き止めた。
階段を駆け下りた先、鉄格子の向こうに、打ちひしがれる主人の姿を見つける。
「きゅぅぅん!」
その声に、わたしははっと顔を上げた。
「よもぎちゃん! よもぎちゃんだ! ああ、よかった、無事だったんだね!」
鉄格子越しに、わたし達は再会を果たした。絶望の闇の中に差し込んだ、たった一つの、しかし何よりも力強い希望の光だった。
わたしはすぐに気を取り直す。今、感傷に浸っている場合じゃない。
「よもぎちゃん、お願い! この鉄格子の、鍵がかかっている部分を壊せる?」
「きゅ!」
わたしの指示に、よもぎちゃんは力強く頷く。そして、頑丈な錠前めがけて、精密にコントロールされた小規模な爆発を、何度も、何度も繰り返した。
ドン! ドン!
地下牢に、けたたましい破壊音が響き渡る。衝撃で、錠前が少しずつ歪んでいく。
その音は、当然、地上にいる宿主たちの耳にも届いていた。
「おい、地下で何の騒ぎだ!」
「あの小娘が何かやってるのか!?」
ドタドタと、複数の荒々しい足音が、階段を駆け下りてくる。
「もう少し……! 急いで、よもぎちゃん!」
わたしの悲鳴のような声が響く。錠前に、大きな亀裂が入った。
もう一撃。あと一撃で、この絶望から抜け出せる――!