表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/51

第二章 第二話「下水道の主と、謎のエージェント」

10万G。それは、ゴブリンを200体倒さなければならない途方もない金額だ。地道な依頼だけでは、福々超特急が出発するまでに稼ぎきれるか分からない。わたしは覚悟を決め、ギルドの依頼掲示板の一番隅に貼られていた、古びた一枚の依頼書を剥がした。

【緊急依頼:ジャンクション下水道の主『大喰らい』の討伐】

【報酬:10,000G】

【備考:非常に危険。複数パーティーでの挑戦を推奨】

「お嬢ちゃん、本気なの!? 最近も腕利きのパーティーが返り討ちに遭ったのよ!」

受付のお姉さんの悲鳴のような制止を振り切り、わたしは「やります」と頷いた。最短で目標に近づくには、ハイリスク・ハイリターンの依頼をこなすしかない。

衛兵に案内されたマンホールを開けると、むわりとした湿気と悪臭が鼻をついた。地上の中継都市ジャンクションの華やかさとはまるで違う、暗く、汚れた巨大な迷路。それが、この街の裏の顔、下水道だった。

「きゅぅん……」

よもぎちゃんが不安そうに鳴く。わたしは相棒の頭を撫で、「大丈夫だよ」と励ましながら、慎重に先へ進んだ。

ネズミ型のモンスターや、ヘドロ状のスライムを倒しながら進むこと一時間。やがて、だだっ広い空間に出た。汚水が溜まったその場所の中央で、水面が不自然に盛り上がっている。

いた。小舟ほどもある巨大なワニ、『大喰らい』だ。

「いくよ、よもぎちゃん!」

先手必勝! わたしは水際を駆け、大喰らいの頭上へと跳躍し、剣を振り下ろした。しかし、分厚い鱗に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれてしまう。

大喰らいは素早く水中に潜り、今度はわたしの足元から巨大な顎で襲いかかってきた。水中からの奇襲に、わたしは翻弄される。よもぎちゃんの爆発も、水中では威力が半減してしまい、有効なダメージを与えられない。

そして、ついに捕まってしまった。大喰らいの尻尾の一撃が、わたしの体を壁へと叩きつける。

「がはっ……!」

肺から空気が搾り出され、視界が霞む。迫り来る巨大な顎を前に、死を覚悟した、その時。

「おっと、そいつは俺の獲物なんだがなぁ。ま、景気良く手伝ってやるか!」

天井の太い配管から、鈴が鳴るような軽やかな声が響いた。

見上げると、逆さまにぶら下がった人影。普通じゃない数の手足を持つ、奇妙な姿。彼は目にもとまらぬ速さで大喰らいの死角に降り立つと、そのたくさんの腕で印を結ぶような動きを見せた。

「風の刃!」

鋭い真空の刃が、大喰らいの硬い鱗の隙間を正確に切り裂き、その動きを鈍らせる。

「嬢ちゃん、今だ! 弱点は目だ!」

「は、はい!」

わたしは最後の力を振り絞り、よろめく大喰らいの巨大な目玉に、渾身の突きを叩きこんだ。

断末魔の叫びを上げ、巨体は水しぶきと共に沈んでいく。

助けてくれたその人は、瓦礫の上にひらりと着地した。

「ナイ・エージェントだ。ま、気軽にナイって呼んでくれ」

「わたしはくろすけです。助けてくれて、ありがとうございました!」

「どういたしまして。で、嬢ちゃんはなんでまた、こんな臭い場所でワニ退治なんかしてたんだ?」

わたしが福々超特急に乗るために10万Gを稼いでいることを話すと、ナイは腹を抱えて笑った。

「10万G!? ハッハー! 正攻法じゃ、じいさんになるまでかかるぜ?」

彼はにやりと笑い、わたしに顔を近づけた。

「この街にはな、もっと手っ取り早く大金を稼げる『裏の依頼』ってもんがゴロゴロしてるんだ。金持ちの屋敷から『借り物』をしたり、やばいブツの運び屋をしたりな。興味ないかい?」

その誘いに、わたしは首を横に振った。

「ごめんなさい。わたしは、ちゃんと自分の力で稼ぎたいから」

「そりゃ残念」

ナイは心底つまらなそうに肩をすくめると、「ま、気が変わったら、またどこかで会うこともあるかもな」と言い残し、来た時と同じように、下水道の闇の中へと軽やかに消えていった。

ギルドに戻り、討伐報酬の10,000Gを受け取る。目標まで、あと9万G。

大きな一歩だ。だけど、わたしの心には、ナイ・エージェントという謎の男が残した、不穏な言葉が引っかかっていた。

この世界の裏側には、わたしの知らないルールと、近道と、そしてきっと、大きな危険が渦巻いている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ