第十話「背負う宿命と、旅立ちの誓い」
夜が白み始めた頃、わたしとよもぎちゃんは、泥と埃にまみれて一心流道場の門をくぐった。仁王立ちで待っていたテッサイ師匠は、わたしのただならぬ様子と、その目に宿る混乱を見て、何も言わずに道場の中へと招き入れた。
温かいお茶を差し出され、少し落ち着きを取り戻したわたしは、廃坑での出来事を洗いざらい話した。ファンタジーの世界には似つかわしくない機械の心臓部、合成音声で喋るゴーレム、そして、わたしの脳内に直接響いた、少女の悲痛な声。
話を聞き終えた師匠は、しばらく腕を組んで黙り込んでいたが、やがて重々しく口を開いた。
「……小娘。お前は、触れてはならんものに触れたのかもしれんな」
「どういうことですか、師匠」
「この世界には、古くからの言い伝えがある。我々が暮らすこの『地上』とは別に、遥か昔、忘れ去られた『古き民』が築いた世界が、この大地の下に眠っている、と」
師匠は語る。彼らは魔法とは異なる「機巧」と呼ばれる、高度な技術を操っていたという。
「お前が見た青い水晶は、あるいは『大地の記憶』そのものかもしれん。そして、その記憶がお前を選び、声を届けたのだとしたら……それは、お前が背負うべき宿命だ」
宿命。その言葉が、ずしりとわたしの肩にのしかかる。
「進むも退くも、お前が決めろ。誰にも強制はできん」
その夜、わたしは一人、月明かりの下で眠れずにいた。
危険すぎる。関わらなければ、これまで通り、お金を稼いで、強くなるだけの冒険を続けられる。でも、あの「たすけて」という声が、耳について離れない。
すると、足元にいたよもぎちゃんが、わたしの頬をぺろりと舐めた。その温かさが、迷っていたわたしの心を、まっすぐに貫いた。
そうだよ。わたしは一人じゃない。この子を守るためにも、わたしは、逃げちゃいけない。
翌朝、わたしはテッサイ師匠の前に立ち、まっすぐにその目を見た。
「師匠、わたし、行きます。誰かが助けを求めているなら、放っておけません」
わたしの迷いのない目に、師匠は静かに頷いた。
「……そう言うと思っていた」
旅立ちの日。テッサイ師匠は、「死ぬなよ」という短い言葉と共に、一心流の呼吸法が記された巻物と、秘伝の傷薬を渡してくれた。
街へ向かい、受付所で廃坑調査の報酬1500Gを受け取る。わたしはそのお金で、今買える最高の鋼の剣と頑丈な鎧を揃えた。
道場の門では、先輩たちがみんなで見送ってくれた。
「くろすけ、達者でな!」
「いつでも帰ってこいよ!」
「はい! いってきます!」
涙をこらえて手を振り、わたしとよもぎちゃんは門を出た。
最初の目標だった、空にそびえる「覇者のビル」はまだ遥か彼方だ。
だけど今のわたしには、もう一つ、もっと大きな目的ができた。
「待ってて。必ず、助けに行くから」
まだ見ぬ声の主へ、そして、わたしの「宿命」へ。
心の中で強く誓い、わたしはよもぎちゃんと共に、新たな一歩を踏み出した。
お金と力がすべてのこの世界で、わたしが本当の意味で冒険者になるための旅が、今、始まった。