第一話「ようこそ、お金がすべての世界へ」
「へっへっへ。嬢ちゃん、これ、どうだい?」
学校帰りの夕暮れ時。駅前の広場でぼーっとしていたわたしの目の前に、ぬっと怪しい影が差した。顔を上げると、皺くちゃの笑顔を浮かべたおじさんが、金色のカセットみたいなものを掲げている。夕日を反射して、きらきらと、いや、ギラギラと怪しく輝いていた。
「……なんですか、これ」
「名前はね、『君が世の中』。この世界でいちばん面白いゲームだよォ~」
君が世の中。変な名前。
胡散臭さしかない。でも、その金色はなぜか目を引いた。レトロゲーム? 最新のデバイス? よくわからないけど、胸の奥で「面白そう」という好奇心がむくむくと顔を出す。
「やってみたい……かも……」
思わず手を伸ばしかけた、その時。
「でも、家にゲーム機とかないとできないですよね?」
至極まっとうな質問をすると、おじさんは歯を見せてニヤリと笑った。
「今ここでできるよォ!!! それっ!」
「え?」
次の瞬間、おじさんの指が、わたしの額に「どんっ!」と触れた。
世界が、ぐるんと反転した。
足元がふわっと浮いて、体が軽くなる。目をつむっていないのに、視界が真っ白に染まり、耳鳴りがキーンと響く。ジェットコースターとも違う、奇妙な浮遊感。
「おい、ちょっと待って怪しいおじさーん!!!」
叫んでも、返事はない。
数秒だったのか、数分だったのか。
やがて、ぐにゃりとしていた視界が、ゆっくりと焦点を結んでいく。
そこは、もう駅前の広場ではなかった。
どこまでも続くような石畳の道。見たこともないデザインの建物。空には、なぜか紫色の月が浮かんでいる。
(……は? どこ、ここ!?)
パニックになりかけたわたしの頭上に、突如、半透明のウィンドウが「ぱぁん!」と現れた。テレビのテロップみたいに、軽快な音まで鳴っている。
――「制作者れんちくんからのお知らせ」――
・この世界では、お金がすべてだ!
・お金を集めて、強くなろう!
・強くなって階級を上げ、ビルのてっぺんを目指そう!
・危険がいっぱいだから、マジで気をつけろよな!
脳内に直接響くような、やけにノリのいい男の人の声まで聞こえてくる。
(せ、制作者れんちくん……? 誰!?)
「あ、あなた、誰なの!?」
思わず空に向かって叫んでみるが、ウィンドウはすぅっと消え、返事はない。都合の悪いことは無視するタイプらしい。ずるい。
お金がすべて。階級。ビルのてっぺん。
どうやらわたしは、さっきのゲーム『君が世の中』の世界に、本当に放り込まれてしまったらしい。
(……面白そう、なんて思ったから罰が当たったんだ)
でも。
不思議と、絶望的な気持ちにはならなかった。
むしろ、心のどこかでワクワクしている自分がいる。
現実の世界に、何か特別なことがあったわけじゃない。でも、どこか退屈だったのかもしれない。
わたしはぎゅっと拳を握った。
(お金がすべて、ね。上等じゃない)
遠くの空を見上げると、雲を突き抜けるほど巨大な、黒いビルがそびえ立っている。きっと、あそこがゴールなんだ。
「やるからには、てっぺんまで行ってやろうじゃないの!」
根拠のない自信と一緒に、わたしは石畳の道を一歩、踏み出した。
すると、目の前の空間がぐにゃりと歪み、スライムみたいな、ぷるぷるとした青いモンスターが一体、ぽよんと現れた。
「うわっ、出た!」
わたしの手には、いつの間にか一本の錆びついた剣が握られている。ステータスも装備も、きっと最弱だ。
だけど、わたしの冒険は、今まさにここから始まる。
さあ、いこう。
わたしの、「君が世の中」へ。