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第4話



柊と名乗る少年の言葉は、まるで目の前の事象を“詳しく知っている”かのように振る舞っていた。


しかしそれは由々しき事態だ。


調査員がいるという噂は停学処分中に人伝から聞いていた。


あの事故、──事件以来、4人は独自の調査を続けてきた。


が、その中で特に気になることがあった。


術者と精霊との境界に一種の“特異点”を生み出す存在、——無属性精霊(アンナンバード)


その存在は学術的には「精霊」という名を冠しているが、炎架にはどうしても思えなかった。


やつらは精霊界に属していながら、精霊とは相反するもの。


もっとずっと、別の次元から生まれてくるもの──



ヴォルグとの契約が“切れた”のは偶発的な出来事じゃない。


彼女自身が選んだことだ。


あの日に起こったことを思い出すたび、精霊界で何か悪いことが起こっているのではないかと考えてしまう。


だからこそ、目の前の少年があの事件の「調査」にあたっているという事実が、彼女の中では「不安」だった。


“ヤツら”を侵入させないために、ヴォルグとの契約を切った。


結果としてうまくいったが、こうして学園内では原因不明の現象が多発するようになっている。


「何」を調査しているのかは知らないが、下手に動くには得策じゃない。


ここで“何をしているにせよ”、一刻も早く事態を収拾しなければならないと思った。


彼女には感じられるのだ。


世界の“深淵”から来るその存在の、──危うさを。



 ──刀は出た。


けれどやはり、力は戻らない。


 

赫焔を宿す漆黒の刀身。

握っている手は、まるで他人のもののように冷えていた。


共鳴が──浅い。

体内に魔力は巡っているはずなのに、精霊との“芯”にまで届いていない。


 

「(……“完全契約”の状態には程遠い)」


 

炎架は静かに息を吸い込む。

握った柄が汗ばむ。火ではなく、緊張のせいだった。



刀を水平に構え、足を半身に。

左のつま先をわずかに内へ――それは、“天真流”と呼ばれる剣術流派の初動“壱ノ構え”。


魔術と剣技を融合させるために、かつて自然魔法派が内々に継承してきた実戦型流派。

炎架の家系に伝わるそれは、術式操作と呼吸法、意識の集中までを含めた“意識導術”とされていた。



「天真流、壱ノ構え……」



その一言と共に、彼女の中の何かが、かすかに灯った。


契約精霊《ヴォルグ=イグニス》。


今の炎架とは“完全契約”ではなく、術式記憶による断片的な同期のみ。



-----------------------------------------

 

術式残響ルーン・リゾナンス】──


精霊とかつて結んだ契約が、術者の神経層・魔力回路の中に“残響”として記録されている状態。

この状態では、精霊との共鳴率は不安定ながら、魔力の断片的転写が可能とされている。


-----------------------------------------




「……今だけでいい、ヴォルグ。刃に“火”を」


 

刀身がぱちりと赤熱する。

揺らぐ火の粒子が、まるで呼吸に合わせて脈打っていた。


けれど──

それは「かつての赫焔」には程遠い、灯火にも満たない魔力の残滓だった。


 

そのときだった。

背後で、わずかに空気が“削れた”。

 

「……あれ?」


アーシェの声が震える。


 

柊の背後。

倒れていたはずの男子生徒──先ほど、柊が応急処置を施していたE等級の若者が、ぴくり、と手を動かした。


だが、ただの意識回復ではない。


生徒の身体が、音を立てて“ねじれ始めた”のだ。


皮膚が浮き上がり、血管のような黒い魔力線が肌の表層に走る。

口元からは、意味のない言葉の断片──否、“言語にもならない音の震え”が漏れ始める。


「なっ……! 精霊の、反転反応!?」


「違う。“転化”だわ。あれは、もう術者じゃない」


千早が一歩下がる。


神園 梓が急いで結界展開に入るも、それより早く──柊が動かなかった。


彼はその場から一歩も動かずに、ぽつりとつぶやく。



「……ああ、やっぱり出たか。

 想定通りだ。適応限界、“臨界点突破”で転化が始まる」


「なに……? 知ってたの?」


「俺は調査員って言ったろ。“観測されること”が、あの個体にとって必要だったんだよ」


無機質な声。


柊は、刀を構えた炎架を見ても、まったく驚いた様子はなかった。

その目は──まるで、“これすらも結果の一部”だと知っている者の視線だった。


 

そして、“それ”が立ち上がる。

人の形をしながら、人でない“何か”として。


契約精霊のない肉体に、“強制共鳴”で流し込まれた魔力の残渣。

それは、生徒を“魔力の器”へと変えてしまった。


 

リズ・ブレイク“転化体”。


現在学園が最も恐れる異常反応の、真の姿。


 

そして、戦いが始まる。




人間だった“それ”は、もはや人の名を呼ぶには相応しくなかった。

骨格は破れ、筋肉は異様な形で肥大化し、体表には魔力の痕跡が網のように浮かび上がっている。


血液も、言葉も、もはや持たない。

そこにあるのはただ、“共鳴の残渣”だけ。


この現象は、学術的には“強制的な精霊同期の逆流によって発生する精神解体型の魔力構造異常”と定義されているが――


現場では、こう呼ばれる。


 

 《Growlグロウル》──

 

術式暴走個体にして、“精霊構造と術者人格が融解した最終段階”。

その名は、発症時に発せられる“のどの奥から響く低く濁った音”に由来する。


 

「出た……完全転化型」


神園 梓が反射的に光障壁を展開し、アーシェと千早を背後にかばう。

だがその光の中、ただ一人、踏み込んだ者がいた。


 

 ──火乃森 炎架。


 左足、接地。

 右足、半歩滑らせる。

 脇を締め、肘を前に、剣は自然と前傾に傾く。


 天真流、弐ノ型──斬影ざんえい



刃を振るう前に、呼吸を整える。

体幹の中心を通す意識は、まるで気圧の変化のように、音もなく腹の奥に力を集めた。


 

「はっ……!」



鋭い吐息と共に、炎架が走った。


靴音が床を斬り裂くように響く。

赤熱した刀身が、火花を飛ばして一閃──


柔らかい身のこなしが、空中に浮き上がった花びらのように伸長した。


地面に接地した影が、——跳ぶ。



まだ、間に合う。



懐に落ちた感情を踏み締めるように脚を伸ばした。


その加速度は、あっという間にグロウルまでの距離を詰める。



──が

 


「侵入、制限」



柊の低い声が落ちた。

グロウルの胴体に向かって刀身が滑る最中、炎架の目前に青白い結界膜が突如として張り出される。


“べぎぃぃぃっ”と、硬質な術式障壁に刀が弾かれた。



「なっ――!?」



炎架の踏み込みが失われ、反動で一歩下がる。

柊は、静かに彼女に目を向けた。


「……来るな。これは、俺の案件だ」


「……はあ!?」


「学園に提出された現象許可番号:CR-UZ0614。

現場対応者は、第一優先権を持つ観測官――つまり、俺」


あくまで淡々と。だがその内容は、“明確な排他”。


炎架は刀を握りしめながら、歯を食いしばった。

だが、すぐにその目が柊の背後へ移る。


「(止める気か……正面から?)」



柊は結界の向こう、グロウルと対峙していた。


重心が、低く落ちる。

両腕の抑制リングがカチリと外れ、指先まで青白い回路が走った。


 

 ──【反術式場アンチ・フィールド】展開。


 

術式領域が逆巻く。


通常、魔力とは外部に流し、空間を構築することで力を“結果”に変える。

だが、柊はその流れを逆にたどった。


 

外ではなく“内”へ。


筋繊維を圧縮し、神経反応を強制活性化。

そして、全身に“出力ではなく、吸収による強化”の形で──魔力を焼き付ける。



「……どういうこと!?」


アーシェの肩が微かに震えた。


「波が……見えない。音もない……」


彼女が言う“波”とは、精霊術者であれば誰もが持つ感知能力。

魔力が動けば、それは周囲に微細な共鳴波を生む。空気の流れ、地脈の脈動、精霊の気配。



だが──柊からは“何も感じられなかった”。

 


「……共鳴波が……出てない。

 術式も、空間反応も。なのに──動けてるッ……」



術式とは本来、外部から得た魔力を“形”に加工して放出する行為である。

 

しかし柊の能力は、この“出力”を拒絶し、逆に取り込む方向に働く。


 

つまり、


[精霊との共鳴を拒絶し、外部魔力を自動的に“自分の肉体”へと変換する]ということ。


 

──その行為は、一歩間違えば精霊との契約がないまま大量の魔力を受け入れることになり、肉体が構造的に魔力へと“転化”する危険を孕んでいる。


言い換えれば、“柊 橘雅”は──


精霊のいない状態で“魔力変異=グロウル化”する寸前を、常に踏みとどまっている状態に等しい。


通常の術者にとって“魔力の位相不全“や”暴走“は最悪の事故だ。

だが彼にとっては、“それを日常的に扱うことが常識”となっていた。


 


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