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第3話



第三寮地下、旧食堂棟。

もう使われていないはずの旧区画のはずが、なぜか電子錠が解除され、術式遮断がすり抜けていた。


廊下を走る三人と一人の足音が、反響する。


「この空間、……空っぽなのに、空気が膨張してる……?」


アーシェが立ち止まり、手のひらをかざす。

風の律動が“ぶつかっている”のだ。何か、目に見えない術式の層が――


「反射してる。魔力の波が、壁じゃなく“局所的な反術式場”で押し返されてる」


「そんな……誰か、ここでリズ・ブレイクの暴走を“止めた”?」


そのときだった。

重たい空気の中に、ぴしりと硬質な音が走った。


視線の先。

旧食堂の中央に立っていたのは、一人の少年だった。


白い髪。

切れ長の目が、こちらを冷たく見据えている。

濁りのない銀の視線は、何かを探すでも、警戒するでもない――ただ、あらゆるものを等価に測っているような。


「……君が、ブレイク現象を止めたの?」


アーシェが問う。だが少年は答えない。

無言のまま、わずかに肩をすくめただけ。


その腕には、金属製の抑制リング。

そして彼の足元には――、崩壊しかけた“無属性の残骸”が音もなく消えていくところだった。


反術式場アンチ・フィールド……?」


千早の声がわずかに震える。

それは今や、学内でもほとんど語られなくなった“禁忌の技術”。


「……君、名前は?」


尋ねたのは神園 梓だった。言葉は丁寧だったが、そこにあったのは管理局時代の“査問官の目”。


 

少年は、ゆっくりと返す。


「……ひいらぎ 橘雅きつが。E等級。調査員……ってことになってる」


「どこの指示で?」


「研究管理課。精霊構造外部変異対応チーム――通称《外縁観測班》。俺は、彼らから“送られてきた”だけ」


 

炎架の瞳が揺れる。


“あの事故”以来、正式な術者扱いではない彼女たちが、自発的に始めたゼロチーム。

対してこの少年は――正規ルートで裏の任務を任されている“生徒“だった。



(…噂には聞いていたけど――)


 

沈黙が落ちた。


柊は、視線だけで四人を一通り眺めたあと口を開く。


「……別に詮索はしない。そっちが何してようが、俺には関係ないし」


「そう。でも私たちにも、“関係ない”とは言わせないわよ」


炎架が前に出る。その声は低く、けれど真っ直ぐだった。


「ここで“無属性”が動いたってことは、あの事故と――同じだってこと。黙って通り過ぎるわけにはいかないの」


 

彼女の瞳に燃える赫焔が、微かに揺らいだ。

柊は、少しだけ口角を動かす。笑った、というよりは、“何かを見透かした”ように。


「……ああ。そういう奴、いるよな」


「何?」


「過去に一度、世界の“反対側”を見た奴。二度と戻れない場所で、何かを置いてきた奴」


 

柊の言葉に、炎架の胸が“重く鳴った”。

それはまさしく、彼女自身の現在地だった。


 

――再び警報が鳴る。


《地下第三層、制御隔壁内にて新たな共鳴波を検知――上昇指数急増。制御不可能レベル。》


 

「……二波目?」


「違う、これは……生きてる。術式じゃない、“何か”が――!」


 

足元の床が、ずん、と鳴った。

リズ・ブレイク現象は、まだ終わっていなかった。



言葉より先に、空気が変わった。


重力でも気温でもない。

その場にいた全員の皮膚に“刺すような振動”が走る。


何かが、起こる。


そう、全感覚が先に警告するような“悪寒”が、地下食堂の空間を撓ませていた。


 


 ――ここで一度、物語の進行を止めよう。


 


「術式」という言葉。

この世界においては、“魔法”よりも厳密で、“科学”よりも曖昧な存在だ。


術式とは、術者と精霊との間に交わされた契約情報を、物理世界に変換する処理構文である。

その核にあるのは、インターフェース=媒体。


すなわち、“術者が精霊から得た力をどのように扱うか”を定めた、形象化された契約の証。


 

それは、ある者にとっては銃だった。

ある者にとっては旋律であり、ある者にとっては絵筆であり――


そして、火乃森ひのもり 炎架ほのかにとっては、“刀”だった。


 

ぶわ、と空気が一瞬、燃えた。


視界の端で火花が踊る。

光よりも先に“音”が走った。――刀身が空間に現れたのだ。


 

炎架の右手に握られていたのは、漆黒と赤金が交差する、美しき一振りの刀。


つかには古代符号で刻まれた〈契約句〉。

刃は常に“赫焔”を宿しており、術者の魔力が流れ込むと同時に、精霊との共鳴が増幅する構造になっている。


 

この現象は、“術式発動の第一段階”――


──刀剣解放メタモルフォーゼと呼ばれる。


 

【刀剣解放:定義】


術者と契約精霊が交わした原初の“形状情報”を基に、魔力演算を通して具象化された魔具。

構造上は、“術式コードの投影装置”であり、術者の精神波動によって形状・特性・挙動が決定される。

つまり刀剣解放とは、術者の精神構造を“武器”や“(カタチ)”として可視化する行為でもある。


 


「……炎架先輩、何を……」


アーシェが目を見開いた。


だが炎架の視線は、柊ではなく――その背後、空間の“歪み”へと向けられていた。


 

「……出る。気配が“抜けた”」


炎架の声が、空気を震わせる。


刀の刀身に赤熱した文様が浮かぶ。

それは、彼女の精霊《ヴォルグ=イグニス》が、再び“応答”した証。


 

「炎架……何か、いるの?」


「“契約されてない精霊”が、反応してる」


視線を傾ける。


その一点に注がれているのは、自らの“五感“に触れる何か。


柊と名乗る少年の足元には、見知らぬ生徒が転がっていた。


恐らく、ブレイク現象に陥った被害者だろう。


毎度そうだが、この得体の知れない事象が起こるのは、術者の精神波形が不安定な状態に陥った時。


被害者になる生徒は大抵未熟なものが多い。


精霊と完全な契約を交わしていないD等級以下の生徒が、登記試験と呼ばれる契約のための「場」を展開した時に、今回のような”事故”が起きる。


「登記試験」とは、術者が精霊と契約を交わすための査定であり、試験のことだ。


術者は精霊に力を借りなければならないため、精霊に自らの実力を示すための認証、——つまり、“登記契約”を行わなければならない。


精霊とはいわば術者にとっての「可能性」であり、自らの能力を測る映し鏡のようなもの。


それ故に自らの力や技量を精霊側に示さなければならず、そのための「証明」と「才能」を“登記試験”という場で公然と示さなければならない。


登記試験のための術式場が展開された後、術者は自らの潜在核(精霊因子)と相対することになる。



精霊と人間の契約とは、単なる力の貸し借りではない。

それは“存在の一部”を預け合う、極めて危うく、神聖な境界侵犯に相応するものだ。


 

そもそも精霊とは、人間界の“こちら側”には存在しない。

彼らは、精霊界エレメントレイヤと呼ばれる異相空間に存在している――

それはこの宇宙に後から“割り込んできた”異なる物理階層であり、人間の五感では捉えきれない深層世界である。


 

そして、“契約”とは何か。


それは、術者が自らの魔力構造を開示し、精霊界の個体と“領域的共鳴”を起こすことによって、

両者の存在領域の一部を“同期・重畳”させる行為である。


この行為において重要なのは、「属性」と「波長」だ。


すべての精霊には属性がある。

火・水・風・土――四大律式はもちろん、光や闇、雷、氷、さらには“情動”や“時間”といった高次属性に至るまで。


術者が持つ“魂の律動”と、精霊が持つ“波動の調律”が同調した時、はじめて契約は成立する。


これを【契約共鳴シンクロ・フェイズ】と呼ぶ。


 

そして、術者の精神構造において、精霊の一部が記録・投影される媒体が現れる。

これが「インターフェース武装」──刀、槍、杖、銃、そして言葉や歌など、術者の“本質”を映した形象である。


契約成立後、術者は精霊から魔力の転写を受けることができ、逆に術者の情動が精霊を“進化・深化”させることもある。


 

しかし、それは完璧な融合ではない。


精霊は独立した意志を持ち、術者に完全には従わない。

ときに離反し、ときに沈黙し、ときに――術者の精神を呑み込もうとすらする。


だからこそ、精霊との契約は信頼と畏怖のあいだにある、危うい均衡なのだ。


 


──では、“無属性精霊”とは何か?

 


それは契約不能領域の外側から、本来の構造を持たずして“発生”する干渉存在である。


人間側が術式演算や精神構築を介さずに接触した“構造的な欠落”――

契約も、属性も、記録も存在せず、ただそこに「反応」だけが残る存在。


 

彼らは、あらかじめ名づけられた“属性枠”に分類されることを拒み、

かといって完全な敵意を持つわけでもなく、まるで“誰かが遺した何か”の断片のように現れる。


現れるタイミングは、決まって術式構造が限界を迎える瞬間。

契約が崩壊しかけた時、または術者が“自己構造を放棄”しようとした時。


つまり、術式と精霊が接続する“回路”が破綻した際に、

何かが“接続できる余白”へと滑り込むように出現する。


それが、無属性精霊の“原理的挿入点”だ。

 


彼らは力ではない。意志でもない。

ただの、存在構造そのものの“余白”から溢れた異端だ。



柊の表情が――ほんの僅か、歪んだ。


「……見えるのか、お前も。“奴ら”が」


その声には、どこか含みがあった。

まるで、自分以外には“知覚できるはずがない”と思っていたものを、見透かされたような。


 

刀を構える炎架の姿は、決意と、警戒と、そして――少しだけ、懐かしさに似た感覚を纏っていた。




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ひいらぎ 橘雅きつが



▼ 基本プロフィール


【項目/内容】

□ 所属 - 機械魔導派メカニア/E等級

□ 年齢/学年 - 16歳・高等部2年(炎架と同学年)

□ 等級分類 - “非術式適性体”=魔力出力ゼロのE判定

□ 特異性 - 《反共鳴処理構造》を有し、反術式場アンチフィールドを無意識的に展開可能

□ 肉体特性 - 魔力耐性:超高/精霊反応:無効化傾向(擬似同期のみ可)



▼ 外見・印象


・褐色寄りの浅黒い肌、やや短めでウェーブがかった銀白髪。常にボロめの制服で、機械部品の油汚れがついている。

・眼差しは無気力、だがふとした瞬間だけ“異常な鋭さ”を宿す。

・常時、両腕に抑制リング(強化用電導骨格)を装着している。



▼ 性格・立ち位置


・表向きは「何の取り柄もないE等級の落ちこぼれ」として自嘲的に振る舞っている。

・実際は理論と観測のセンスが飛び抜けており、構造物や術式場の“歪み”を一瞬で直感的に理解できる。

・他者との共鳴が苦手なため、精霊契約には完全に不向き(共鳴率1%以下の“無反応”体質)。




■ 特異能力


反術式場アンチ・フィールド》──精霊と術式への“否定的同期”



▼ 定義:


術式・精霊界からの干渉波を“逆位相”で吸収し、物理エネルギーに変換する空間的共鳴構造。

一種の量子対消滅領域フェイズ・ゼロポイント



▼ 発動構造:


・通常、術者の魔力は「精霊との共鳴→術式展開→結果出力」のプロセスを経る。

・柊 橘雅は、精霊を“同期破壊”することで術式空間を局所解体できる。

・同時に、その分解エネルギーを神経・筋肉・骨格の微細強化へ変換する異能を持つ。



▼ 副作用:


・精霊構造に干渉する際、術式の安定性が崩壊するため、術者本人の神経網が“フィードバック過負荷”を起こす。

・長時間の使用で理性低下・興奮状態・自己喪失などの危険な症状が発生。

・本人の記憶すら曖昧になり、暴走時は「敵味方の区別がつかなくなる」。



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