第2話
ユグドミレニア中央学園都市、第三校舎棟・霊動実験室。
通称、「静かなる棺」。
その異名のとおり、ここは精霊との“共鳴率”を測定するための隔離環境であり、反応域外からは一切の音が遮断される。
――と、いうことは。
「うえぇええ……もうダメ、無理、共鳴ノイズで頭がパーンなんですけど……」
「……アーシェ。音にするから余計きつくなるのよ」
淡々とした口調でそう言いながら、隣の席で端末にログを書き込み続ける少女がいた。
結界術と情報演算を併せ持つ、土属性の補助術者――芹沢 千早。
「だってえええ……この波形、完全に脳に刺さってきませんかぁ……?」
「“脳に刺さる”って、それ擬音としてどうなの。あと回るのやめて、椅子ごと」
「ぐぬぬ……やっぱ土属性の人たち、こういう時に妙に強いぃ……」
ぶつぶつ言いながらも、アーシェ=リュミエールはちゃんとログを取っている。
機嫌が悪くなるほど作業スピードが上がるあたり、なんだかんだで適性は高い。
「でも千早ちゃん。なんで私が“暴走精霊の観測記録データの翻訳”まで……? 絶対おかしいってこの役割」
「だって君しかできないのよ。共鳴波解析、風属性術者でAランクってあまりいないから」
「そ、そんなぁ〜〜」
千早は画面を指差し、わずかに眉をひそめた。
「……見て。昨夜発生した第47件目。“無属性反応”の典型波形」
真っ暗な校舎裏、監視映像の画面中央で何かが“揺れて”いる。
人型のようで人型ではなく、光と闇が同時に染み出して定まった形を保てない。
そして、その者の周囲に浮かぶ“歪な輪郭”――
「術式でも精霊式でもない。属性判定が“未検出”……?」
「ええ。つまり、“精霊じゃない精霊”。無属性の残留波動よ」
(……無属性)
炎架の脳裏に、あの事故の残像が突如としてフラッシュバックする。
共鳴率100%を超えたその瞬間、空間に開いた“もう一つの接点”。
精霊であるはずのヴォルグですら警戒した、“何か”の気配――
(あれは、“精霊”じゃなかった……。)
声も、姿も、概念すら持たない、“波”だけの存在。
「炎架。顔色……また悪くなってるわよ?」
「……なんでもない」
「そう言う人は、たいてい“なんでもある”のよ」
「もう、やめて」
ぽふ、とアーシェがそっと炎架の袖を引いた。
「……無理しないでください。本当に無理だったら、ちゃんと頼ってください」
その声音はとても静かで、どこまでも優しかった。
「それに……昼休み明け。寮区の食堂エリアで“集団共鳴暴走”の兆候が出てます」
「もう……来る、の?」
アーシェがこくりと頷く。
その直後、校内放送が鳴り響いた。
《緊急通達:第三寮ブロック地下食堂にて術式異常反応検知。関係者は指定ルートに従い避難を──》
「……本当に来たのね。じゃ、出番よ、炎架」
「ふん……任せときなさいよ」
炎架が立ち上がる。
背に宿る赫焔の残光が、再びゆらりと揺れた。
警戒放送が終わるや否や、霊動実験室の扉が無音で開いた。
その外に広がるのは、ユグドミレニア中央学園都市――第六塔棟から南西へ延びる連絡回廊。
頭上には魔力濾過用の結界膜が張られており、空は見えないが、淡く揺れる光の波が透過して廊下を照らす。
「エネルギー遮断境界、まだ維持されてるのね。完全遮蔽は……あと五分が限度」
「なら、走ったほうがいいかな。途中で遮断されるとめんどくさいですし」
「……まったく、この街って“普通に歩ける場所”の方が少ない気がする」
炎架、アーシェ、千早の三人は、回廊を抜けて中層区画「第3接続縦路」へと向かう。
途中、彼女たちの通過にあわせて空中に浮かぶ照明球が点灯し、内部に仕込まれた術式強化パイプが淡く光を帯びた。
ユグドミレニア――それは都市でありながら“精霊との共生”を前提に設計された、魔法文明の演算都市。
地上と地下、塔と回廊が樹状に絡み合う“逆さ樹構造”をとっており、
その全体が、精霊界との接続用意識場《リズ=セルティア》を支える巨大演算神経系の役割を果たしていた。
「中層西端まで出たら、寮棟地下に繋がる急行リフトがある。わたしが結界術で通しておく」
「さっすが千早ちゃん……地図暗記してるの、何気に怖い」
「これは土属性者としての嗜みです」
歩きながらも、三人の間にある空気は奇妙な安定を保っていた。
互いにどこか信頼と距離感のバランスを取っている。
――それには、理由がある。
そもそもこの三人が「共に動いている」のには、明確な経緯と理由があった。
きっかけは、1年前の“赫焔の契”契約事故。
かつて精霊界《ヴァル=ザ=ネメア》にて炎架が起こした、史上初の“共鳴100%突破現象”。
精霊との完全共鳴に成功したはずのその瞬間――
世界に存在してはならない“何か”が、精霊界の奥から“逆流”してきた。
事故は“炎架の術式暴走”と記録され、彼女はSS等級から一気にE等級へ降格。
多くの術者が彼女を遠巻きに見るようになり、学園内での居場所も失われた。
だが――その裏で、たった3人の術者たちが、彼女の元へ集った。
一人は、風の音を聞く少女アーシェ。
一人は、土の結界で影を視る少女千早。
そしてもう一人――
「お待たせしましたわー!」
声が弾む。
制服を軽やかに翻しながら、白いマントを羽織った少女が通路の反対側から駆け寄ってきた。
彼女の名は、神園 梓。
光属性術者にして、元・術式管理局付きの補佐術者。現在は学園に戻って研究生として籍を置いている。
「千早、ルート調整ありがとう。こっちの通達も済ませておきました」
「さすが。やっぱりこういうとき、あずささんがいると助かるわ」
「アーシェ、共鳴影響は?」
「んー……気持ち悪いけど、まだ大丈夫です。リズ・ノイズも下火っぽい」
こうして四人が揃う。
――それが、《再響チーム:第零小隊》。
事故の直後、唯一“炎架の主張”に耳を貸し、
精霊界の“逆側”に何かがあると信じた者たちの、ささやかな連帯。
公式には存在しない調査班。
“風紀委員”にバレれば即停学処分を下されてしまうレベルの活動だったが、黙って指を咥えているわけにはいかない。
炎架の身に起きた事故と、それを取り巻く異常な現象。
4人には共通の目的と目標があった。
そして彼女たちが動き出した今、学園内で頻発するリズ・ブレイクの波形データと、炎架が体験した“第二接点”の残響が一致し始めている。
「間違いないわ。この現象……再び、あの“扉”が揺れ始めてる」
アーシェの小さな声に、三人が一斉に目を向けた。
目的地――第三寮地下食堂区。
その扉の先に、“名もなき何か”が、確かに息づいている。
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■ 芹沢 千早
──「動かないもの」を読む、沈着なる地の術者
▼ 基本プロフィール
【項目/内容】
□ 所属 - 自然魔法派/A等級
□ 年齢/学年 - 15歳・高等部1年(アーシェと同級生)
□ 属性 - 土属性(結界・遮断・地霊感知)
□ 精霊契約 - 「コルヌ=テラム」──古代文献にも記録のある“地読みの精霊”
□ 出身 - 古神道系の家系/関東の地方寺院にルーツを持つ
▼ 外見・服装
・黒髪を低い位置で一つに結った和風のまとめ髪。前髪はぱっつんぎみ。
・制服は“完璧な着こなし”だが、筆記用具や封呪符などを制服の内ポケットにしのばせている。
・着崩しなどは一切しないが、足元だけは草履風の特注ブーツを履くこだわりあり。
▼ 性格・話し方
・感情を表に出さず、クールで理屈っぽい。だが人間嫌いではなく、仲間を思う気持ちは強い。
・会話は非常に論理的。口調は文語調に近いが堅苦しすぎず、時おり鋭いツッコミも。
例:「それは論外。まず物理法則を再確認してから話しましょう」
▼ 役割・能力
・地脈と結界術の扱いに優れ、空間把握・遮断・解析の分野でゼロチームのブレイン役。
・リズ・ブレイクの空間干渉波を“感知・封鎖”できる、術式遮断型のレア特性持ち。
・記録魔導端末であらゆる異常を定量化・記録しており、他術者の行動の裏打ちを担う。
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■ 神園 梓
──“清光の観測者”。元・術式管理局付き補佐術者
▼ 基本プロフィール
【項目/内容】
□ 所属 - 自然魔法派/特別研究生扱い(学園籍あり)
□ 年齢/学年 - 17歳・高等部3年相当
□ 属性 - 光属性(照明/干渉浄化/転写)
□ 精霊契約 - 「エル=セラフィナ」──高密度光子をもつ“識別の精霊”
□ 前職 - 元・術式管理局・事故分析部門補佐官(14歳で任用)
▼ 外見・服装
・長い金色の髪を編み込みにしてまとめ、白いマントを制服の上に羽織るのがトレードマーク。
・マントの裏地には応急詠唱式の光霊コードが縫い込まれており、即時展開術式が可能。
・軽やかで上品な所作。制服を着ていても“士官服”に見える。
▼ 性格・話し方
・柔らかな物腰と敬語中心の話し方だが、実はかなり肝が据わっている。
・仲間のことは絶対に見捨てない芯の強さを持ち、必要とあれば命令口調も辞さない。
例:「大丈夫です。私が見ていますから、安心して背中を預けてください」
▼ 役割・能力
・元管理局職員の経歴から、あらゆる事故の記録・コード・波形ログを覚えている。
・光属性術式で“情報の照射・保存・封印”が可能。主にゼロチームの状況把握・調整役。
・精霊の暴走を“映像として巻き戻す”ことで、過去の干渉パターンを視認可能。
『ゼロチーム』は:
・千早=解析・封鎖
・アーシェ=感応・探知
・梓=記録・管理
・炎架=交戦・機動
という機能分担された精鋭小隊として機能。