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第11話




——ザッ



踏み込んだ足が沈む。


ステップから回転肘、そして膝蹴り。


瞬時に体勢を切り替え、魔具から三発の衝撃波を間断なく放つ。



──全てが、沈む。



直撃したはずの部位は、“圧”を逃がすように揺らぎ、拳が触れた空間すら“滑っていく”。


 

柊の息が乱れる。


足元に力が入りにくい。

思考が追いつかないわけではない。


それでも身体が、世界の“応答”を得られない。

 


(このままでは、肉体強化の意味が……)


 

柊の表情が初めてわずかに歪む。



 “運動しているのに、動けない”。



まるで、宇宙の根本原理から見放されたような違和感だった。


その中心に、彼女は立っていた。


ポニーテールの髪が、風もないのに“左右に揺れ”ていた。

空間のエネルギー勾配に影響されるかのように、彼女自身の周囲だけが、“重力を失っていた”。


 

(反術式場を、逆方向に圧縮する)



柊はすぐに切り替える。

前へ進めないなら、相手の周囲ごと“空間定義を引きちぎる”しかない。


腰を落とし、指先で自らの神経ポイントを2点タップ。


反術式場リソース・リダクション――限定展開型を使用。


その瞬間、柊の足下から立ち上がったのは、空間圧の強制定義干渉。


《アンチ・ベクトル・リング》


運動と重力のベクトルを“1点集中させて固定”する技術。

これにより、彼は「押し返してこない空間」ごと、ぶち抜くことを選んだ。



空気が震えた。


反術式リソース・リダクションが地表に展開された瞬間、柊の周囲に形成されたのは、“一方向ベクトル強制場”だった。

 

「圧縮展開――」



90°ベクトル集中、接触面制限0.3平方メートル 



その構造は、魔力ではない。

術式でも、精霊でもない。


“反術式場”の核にあるのは、空間物理の強制適用だ。


通常、踏み込みによって得られる反力は“自動的に”接地面へ拡散する。

しかしこの技術は、それを“一方向・一点・一撃”に限定する。

 

「打つぞ」


言葉と同時に、柊の右足が滑るように動いた。


直線的な踏み込み。

支点移動は行わず、膝から腰椎を一直線に繋ぐ。


その運動すべてが、足裏に集中され、空間へ“強制的に刻まれた”。

 


 ──“バギィィッ!!”


 

音がした。


それは物が砕ける音ではなかった。

空気と重力が摩擦した音だった。


直後、空間が“反応した”。


アンナンバードの周囲。

彼女の“支配下”にある反応空間に、わずかにノイズが走る。


柊の拳が、そのわずかな“構造ひずみ”へ滑り込んだ。


狙いは胴の中心。


だが──その瞬間。


アンナンバードが“顔を上げた”。


動きは緩やか。

身体の一部が物理的に反応する、最初の挙動だった。


彼女の肩が、右へ傾く。


まるで、風に煽られた紙人形のように。


しかしそのわずかな“傾き”が──柊の打撃軌道を完全に“逸らした”。


衝撃が空を裂く。

拳は、“そこにあるはずの質量”を捕えきれず、空間を滑っていった。 


「……回避?」


違う、と千早が即答する。 


「重心が、“落ちた”。意図じゃない。これは……反射ではなく、重力場の再定義」


アーシェが詠唱補助の手を止める。


「動いてないのに、質量が逃げた……? 重心じゃなくて、“加速度の母体”そのものがズレてる」


彼女たちは初めて知る。


この存在は、ただ重力を遮るだけではない。


物体の「反応要因」そのものを、“座標定義”から引き剥がしてくる。


柊の拳に、遅れて“反作用”が返ってくる。


まるで、“攻撃を空間が後で咎めた”ように。


 

衝撃が遅れて指先に集中。


指節がひび割れ、骨の軋む音が鼓膜を震わせた。

 

「っ……が、まだだ」


痛みによって感覚を研ぎ澄ませるように、柊が後退ステップ。


同時に、再び“ベクトル・リング”の重心を調整する。


 

(1.4メートル圏内、空間圧の伝達係数が歪んでる。

 “反力”じゃない。反応そのものが、“時間座標を逸らされてる”)



次の打撃では、“加速度”そのものを変位させる必要がある。


つまり──“自分の質量を騙す”。


柊の右腕が、静かに構え直された。



敵が“動いた”のではない。

敵が“動かされなかった”からこそ、攻撃は通らなかった。


 

それは、“運動を否定される”ことと等しい。


次の一手は、それを破る。


「解析開始」



(構造ノード、初期座標ロック――オメガ係数1.62、接地定数補正──完了)



千早は、再び術式帯を広げていた。

物理法則を“数式”で視る。

すべての現象を「構造」ではなく、「関数」として扱う演算型魔術師の目。


展開されたのは、重力・慣性・摩擦・振動……

物体を空間内で運動させるすべての“係数”が同時記述された、五次元干渉スクリプトだった。


空間に“斜面”が浮かび上がる。


ノードが三重螺旋のように重なり合い、中心に向かって“落ちる曲率”を形成していた。


「……斜面?」


アーシェが驚く。


千早はわずかに眉をひそめた。


「いや、違う。これは……“斜面じゃない”。空間そのものが傾いてるんじゃない。

重力ベクトルが“斜面を装って”運動を定義してるの」


見かけの運動。

だがそれは、“実際に動いている”わけではなかった。


対象の位置が変わらずに、周囲の物理係数だけが変形している。


つまり言い換えれば、「加速度の定義そのものが“曲げられている”」状態。


「彼女の半径1.2m圏内、すべての動作は“斜面上で運動している”ように見えるだけ」


実際は、空間に“運動しやすいように傾斜した関数”が敷かれている。

あたかも、“そこに向かって動け”と命じる誘導構造。


 

「“坂道を駆け下りる”って、加速してるように見えるでしょ?

でも本当は、摩擦係数と重力がそれを“定義してるだけ”」


「彼女はその“摩擦”も“重力”も、“自分の周囲で書き換えてる”の。

だから彼の動きは、重力によって生まれた加速じゃない。

……“既に設定されている加速度に吸収されるだけ”になる」


 

 つまり。


柊が“踏み込んだ”時点で、既に柊の肉体は──

アンナンバードが定義した“空間のベクトル斜面”に乗せられていた。


重力が、そこに流れているだけ。


拳を振るえば、軌道は自然と“逸らされる方向”に流れ込む。

それが柊自身の動きのように見えても、それは“空間の傾斜に沿って動かされている”に過ぎない。


 

「──意味を剥奪された運動。重力式の誤魔化しじゃない。空間勾配の“再構築”」


柊の額に、汗がにじむ。



(……運動の初速に、意味がない)


(筋力で振っても、拳が届かない)


(なら、届かせるには……“その斜面の外に自分を置く”しかない)


 

その場で斜面に対して“軸回転”を起こす。


重力方向を踏み外す動きで、加速度ベクトルの端点を振り切る。


 

物理を“外す”動き──つまり、“落ちない方向”へ跳べば——


 


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