82.きょとん
そして、アマンダと呼ばれた女性は、大きく目を見開いた後、しばらく口をパカパカとさせていた。声が出せるようになっての第一声は、
「お、お義父さん、な、なんで?」掠れるような声だが、かろうじてそう聞こえた。
いやいや、なんでって?虐待されていて、探さないでくださいって状況ならともかく、そうでなくて、必要な手続きもせずに逃げた嫁だよ。放置できまい。
ノノミ村の村長が、アマンダをかばって出てきた。
「うちの息子と彼女を引き裂いて、無理に結婚した、お宅の息子が元凶です。見つけ出して取り返しに来たとて、誰も幸せにはなりません。お引き取りいただきたい!」
「「「……?」」」俺たちはきょとんも、きょとん、大きょとんだ。
「アマンダ。どういうことか説明してくれるか?」低い、地を這うような声でティーセが尋ねた。なぜか隣でビリーヤがビクッとしている。怒られる気配に敏感だなんて、側近にあこがれている竜族の子供たちに見せられない。
「あ、あの、私は、モックにレイプされて、清い体じゃなくなって、仕方なく結婚したんです。でも、どうしても、好きな人と一緒にいたくてノノミ村に逃げて来たんです!」泣き崩れるアマンダ。
一同に衝撃が走る。
ノノミ村長は、レイプというパワーワードではなく、孫のほうに意識を向けて、
「この子は、息子の子じゃないのか?レイプ犯の子だというのか?」と呆然としている。誕生からずっと一緒に暮らして、ありとあらゆる愛情を注いできたのだろう。先ほどの一家団欒の景色を思えば、なんともやるせない。
だけど、モックがレイプなんて、そんなことをするとは到底思えない。
本人不在で誰も言い返せない。くやしい。
そう思ったら、俺の気持ちに連動して、外で雷が鳴り響いた。
まずいと思ったのか、完全に部外者の側近たちが、口をはさむ。
「まずは、モックの言い分を聞きましょう。片方だけの意見は意味をもちません」
「そうですわ。モックはとても気のいい青年ですもの」
「まあ!私が嘘をついていると言いたいわけ!?」アマンダの様子が変わった。
「私は被害者なのよ。それをそんな噓つき呼ばわりしていいと思っているの?あなたたちはレイプ犯の仲間ね。最低ね!」吠えるように叫んで、アマンダは部屋から出て行き、村長の息子も後を追った。
「とりあえず、モックを呼びましょう。離婚届けにサインをもらうだけだと思っていましたが、状況が変わったようですから」とティーセが言うと。
「離婚届はここ、ノノミ村で受理されています」と言われてしまう。
「そんな訳がない!息子は妊娠中の妻から連絡が途絶えたと心配して、旅先から急ぎ帰宅したような状況ですよ。ありえない」
そうして、見せられた離婚届の書類には確かにモックのサインがあった。勿論、偽造。ちょっと似せているけど、明らかに偽造だって。時期村長として、他人にはわからないような箇所で見分けられるようなサインをと、家族で考えたので間違いないそうだ。
そうなると、逃げて来たとか、レイプされたとか喚きながら、偽造の離婚届を持っているアマンダがより一層うさん臭くなる。なんなら、ノノミ村の息子も協力者か?
カマラテは、先ほどくってかかられたのが気に障ったのか、いつにない凍り付きそうな声音で、
「こうなると、テイル村に帰って、貴重品などが無くなっていないか調べたほうがいいのでは?まっとうな人物では無いようですよ」と言った。




