31.ルドルの腕の中
「りゅどりゅしぇんしぇい、ただいまかえりましゅた!」と、勢いよく言えば、滑舌も気にならないかと声を張ってみた。変わらなかった。トホホ。
ビリーヤが診療所の扉を開けたと同時に、取り敢えずは飛ばずに立って挨拶をした。
俺は通常大人と一緒にいるから、目線を合わせるために1メートルくらいプカプカ浮かんでいる訳だが、今回は刺激を最小限にするために、あえて立っているんだ。
「ソ…ウ…君…?」だよね。ルドルも固まってしまった。
うん。どんなに可愛い幼児でも角があるもんねぇ。黒角が。
それにただいまって帰ってきた黒髪の子どもっていえば、行きつく先はソウ君ですよね。ちょっと待ってるから頑張って脳内処理を終わらせてください。
俺は滑舌の悪いおしゃべりを最小限にするためにルドルの処理能力に期待をかけたのだが、正解だったようだ。
「えっと、ソウ君だよね?」少しして、俺と後ろに控える4人の側近を見ながら聞かれる。
「しょうだよ!ごめんにゃさい、うしょついて。おりぇ、わけもわきゃらず、ひとじょくになって、びっくりちて、ここにおいてもりゃいたくて、うしょついた」
記憶喪失だなんて嘘をついて、優しいルドルを騙して居候させてもらっていたことを思い返していたら、申し訳なくって、謝罪しながら悲しくなってきた。
雨がしとしと降り始める。あ、やばいかなぁ。ここで洪水なんか引き起こしたら、ちょっと謝るくらいじゃ足りなくなるよぉ。
でも悲しい。今までの嘘も、これからこの居心地のいい場所を去らなきゃいけないことも。悲しいよぉ。
俺の心の雨だと気付いた側近たちは、オロオロしながらも状況を見守ってくれている。
「ソウ君、君は、竜族の、とっても珍しい小さな子どもなんだね?黒角だ。凄く強いんだね。格好いいよ。人族の少年になったのは、なにかのハプニングかな?ビックリしたね。でも、私は一緒に暮らせてとても、とても、楽しかったよ。帰って欲しくないくらいだ」と言って抱きしめてくれた。
優しくされると涙がでるのはどうしてだろう。
「うぇぇぇ~ん!」と言って泣き出した俺。側近達に見られているけれど構わない。たとえ16歳の俺だって泣いただろうさ。
流石に人族の医者、小さな子どもはお手の物で、抱き方もあやし方もプロだ。俺は泣き疲れてスヤスヤ寝てしまった。
**ルドル視点**
「う~ん。こんなに可愛い子どもが竜族にいるんですね。竜は少年になる年まで人型が取れないと聞いていたのに情報が古かったんですかねぇ」とスヤスヤ眠るソウ君を見ながらつぶやくと、答えが返ってくる。紫色の髪の美青年だ。こちらも黒角。
「いえ、古くございません。このお方は特別でございます」
竜族の全4種族の黒角の世話係が守る、特別な小さな子供か。
この腕の中の子は、凄く特別なお家の跡取りか何かだろうか。
「我が君は黒龍王ですからね。特別中の特別ですよ」と黄色頭の若そうな青年が爆弾発言をぶちかます。
「……。」
動揺して、取り落とさなかった自分を褒めてやりたい!
なんとか、踏ん張れたのは腕の中の温かさ故か。
世界の破滅すら思いのままと言われる黒龍王、そんな存在も、人族と同じ温かさを持っていて、同じようにスヤスヤと眠っている。
窓の外をみると、虹がかかっていた。私はこの経験を他人にしたら、ほらふきだと思われるのだろうな。ちょっと苦笑がもれてしまった。
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