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# 七


教官室の空気が、重く沈んでいた。


主任教官の机上には、三十名の評価データが並ぶ。しかし彼は、それらに一切触れようとしない。代わりに、窓の外に並ぶ標準機の巨体を見つめている。夕暮れの光を受けて、漆黒の装甲が紫紺に輝いていた。


「報告します」

中村准教官が、一枚のデータパッドを差し出す。「古谷部隊からの...要望書です」


要望書―その言葉の裏に潜む緊張を、部屋の全員が感じ取っていた。


「内容は?」主任教官は窓から目を離さない。


「女性パイロット育成計画の...見直しを求めるものです」中村の声が僅かに躊躇う。「理由として、今回の評価における『特異なアプローチ』が、部隊の戦術的統一性を損なう可能性を指摘しています」


教官室に、冷たい沈黙が落ちる。


「面白い指摘ですね」

主任教官が、ようやく振り返る。「統一性か...」


彼は机上のデータに手を伸ばした。しかし、評価結果が記された端末ではなく、古い写真を取り上げる。そこには、最初期の標準機が写っていた。


「初期配備の頃」主任教官が、懐かしむように言う。「我々も同じ過ちを犯した。既存の戦術体系に、標準機を組み込もうとした」


「しかし、それは正しい判断だったはずです」装備担当の少佐が発言する。「戦術的統一性は、部隊運用の基本」


「その通り」主任教官は頷く。「しかし、標準機は我々の常識を超えた存在だった。統一性を求めすぎた結果、その真の可能性を見失うところだった」


彼は立ち上がり、壁に掛けられた巨大なタッチスクリーンを操作する。画面には、先ほどの評価試験のデータが展開された。


「見てください。霧島曹長の通信理論的アプローチ。綾瀬二曹の工学的視点。鷹見曹長の情報分析手法」


データが、美しい図形を描いて展開していく。


「これらは確かに『特異』です。しかし...」


画面が切り替わり、実戦配備部隊の戦術データが表示される。


「現場の各部隊も、既に独自の戦術を発展させ始めている。標準機は、それを許容する...いや、むしろ要求する存在なのです」


「しかし」装備担当少佐が食い下がる。「指揮統制の観点から」


「その懸念は理解します」主任教官は静かに告げる。「だからこそ、より高次の統合が必要なのです。個々の特性を活かしながら、なお全体として機能する戦術体系を」


彼は再び窓の外を見やる。


「評価結果は、既に技術将校会議に提出しました」


その言葉に、室内の空気が凍る。通常の指揮系統を超えた判断。それは、この計画に対する主任教官の並々ならぬ決意を示していた。


「三名とも、合格です」


淡々とした口調。しかし、その重みは否定しようのないものだった。


「ただし」

主任教官は付け加える。「これは始まりに過ぎない。標準機との『対話』は、まだ緒に就いたばかり」


夕暮れの光が薄れていく中、巨人たちの影が長く伸びていった。

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