表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

# 六


液晶ディスプレイの表面を、データの奔流が流れていく。霧島の眼球が、その動きを追いながら微かに痛みを覚える。七時間に及ぶ評価試験の終盤、最後の課題は「複合戦術判断」。それは単なる戦術シミュレーションではなかった。


基本戦術教範に記された戦術定石。部隊運用の基本原則。それらは、まるでノイズのように画面上で崩壊していく。


「誰も正解を知らない戦術課題です」主任教官は、まるで告白するように言った。「標準機の実戦配備から五年。我々は未だに、この兵器の可能性の限界を知らない」


古谷部隊の面々が、表情を強張らせる。戦術家としてのプライドが、この状況を受け入れがたいものにしているのは明らかだった。


「従来の戦術原則は、標準機には通用しない...と?」

ベテラン曹長の声に、わずかな苛立ちが混じる。


「違う」

綾瀬が意外な切り口を示した。「これは、私たち施設科でよく直面する問題に似ています。スケールが変わると、工学の基本原則でさえ、時として想定外の振る舞いを」


鷹見が画面の一点を指さす。「この座標系の歪み。まるで非ユークリッド空間のような」


「その発想」中村准教官が前に出る。「標準機は、時として既存の物理法則に挑戦するかのような動きを示す。しかし、それは法則を破っているのではない。我々の理解が、追いついていないだけだ」


教室に沈黙が落ちる。


霧島は黙って、データの流れを観察していた。通信科での経験が、彼女に異なる視点を与えている。このカオス的なデータの中にも、何かしらのパターンが―


「見えてきた」

彼女の呟きに、周囲の注目が集まる。


「このデータ、確かにノイズに見える。でも、通信用語で言う『コヒーレント・ノイズ』かもしれない。つまり...」


「意味を持ったノイズ」鷹見が言葉を継ぐ。「情報保全の観点からも、これは興味深い仮説です」


「実験データがそれを裏付けている」

主任教官がモニターに新たな情報を展開する。「標準機には、我々が未だ理解できていない『知性』があるのかもしれない」


「しかし」古谷部隊のベテラン曹長が声を上げる。「そんな不確実な要素を、実戦に持ち込むわけにはいかないはずでは」


「だからこそ」

主任教官の声が、静かな確信を帯びる。「我々には、従来の戦術常識を超えた『対話』が必要なのです」


綾瀬が、思わず嘲笑を漏らす。「14メートルの巨人と、対話?」


「その通りです」

中村准教官の表情は真剣だった。「標準機の操縦とは、ある意味で異なる知性との対話なのかもしれない」


評価用モニターが、静かに輝きを失っていく。七時間に及ぶ試験の終わりを告げるように。


霧島は、自身の手のひらを見つめていた。その手で、巨人を動かす。しかし、それは単なる機械的な操作ではない。もしかしたら、人類が経験したことのない、新たな対話の始まりなのかもしれない。


「これで本日の評価を終了する」

主任教官の声が、冷たい空気を切る。「結果は―」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ