六
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液晶ディスプレイの表面を、データの奔流が流れていく。霧島の眼球が、その動きを追いながら微かに痛みを覚える。七時間に及ぶ評価試験の終盤、最後の課題は「複合戦術判断」。それは単なる戦術シミュレーションではなかった。
基本戦術教範に記された戦術定石。部隊運用の基本原則。それらは、まるでノイズのように画面上で崩壊していく。
「誰も正解を知らない戦術課題です」主任教官は、まるで告白するように言った。「標準機の実戦配備から五年。我々は未だに、この兵器の可能性の限界を知らない」
古谷部隊の面々が、表情を強張らせる。戦術家としてのプライドが、この状況を受け入れがたいものにしているのは明らかだった。
「従来の戦術原則は、標準機には通用しない...と?」
ベテラン曹長の声に、わずかな苛立ちが混じる。
「違う」
綾瀬が意外な切り口を示した。「これは、私たち施設科でよく直面する問題に似ています。スケールが変わると、工学の基本原則でさえ、時として想定外の振る舞いを」
鷹見が画面の一点を指さす。「この座標系の歪み。まるで非ユークリッド空間のような」
「その発想」中村准教官が前に出る。「標準機は、時として既存の物理法則に挑戦するかのような動きを示す。しかし、それは法則を破っているのではない。我々の理解が、追いついていないだけだ」
教室に沈黙が落ちる。
霧島は黙って、データの流れを観察していた。通信科での経験が、彼女に異なる視点を与えている。このカオス的なデータの中にも、何かしらのパターンが―
「見えてきた」
彼女の呟きに、周囲の注目が集まる。
「このデータ、確かにノイズに見える。でも、通信用語で言う『コヒーレント・ノイズ』かもしれない。つまり...」
「意味を持ったノイズ」鷹見が言葉を継ぐ。「情報保全の観点からも、これは興味深い仮説です」
「実験データがそれを裏付けている」
主任教官がモニターに新たな情報を展開する。「標準機には、我々が未だ理解できていない『知性』があるのかもしれない」
「しかし」古谷部隊のベテラン曹長が声を上げる。「そんな不確実な要素を、実戦に持ち込むわけにはいかないはずでは」
「だからこそ」
主任教官の声が、静かな確信を帯びる。「我々には、従来の戦術常識を超えた『対話』が必要なのです」
綾瀬が、思わず嘲笑を漏らす。「14メートルの巨人と、対話?」
「その通りです」
中村准教官の表情は真剣だった。「標準機の操縦とは、ある意味で異なる知性との対話なのかもしれない」
評価用モニターが、静かに輝きを失っていく。七時間に及ぶ試験の終わりを告げるように。
霧島は、自身の手のひらを見つめていた。その手で、巨人を動かす。しかし、それは単なる機械的な操作ではない。もしかしたら、人類が経験したことのない、新たな対話の始まりなのかもしれない。
「これで本日の評価を終了する」
主任教官の声が、冷たい空気を切る。「結果は―」