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「これは...」
霧島の目が、表示データの一点に釘付けになった。敵味方識別演習のはずが、表示された戦術データには明らかな異常がある。センサー情報は断続的にノイズを含み、しかも既存の戦術通信プロトコルとは異なるパターンを示している。
「気づきましたか」主任教官の声に、わずかな期待が混じる。「この演習、実は重要な前提を伏せていました」
綾瀬が眉をひそめる。「センサーの不調...ではないですよね」
「標準機は」中村准教官が説明を引き継ぐ。「時として従来の指揮統制システムとは異なる独自の判断を要求される。つまり―」
「電子戦」鷹見が言葉を継いだ。「敵の電子戦の影響下での識別演習」
主任教官は頷くことなく、ただモニターの数値を見つめている。「では、その状況で有効な戦術とは?」
古谷部隊の面々が、素早く対応策を立案していく。熟練の戦術家として、電子戦への対処は熟知している。しかし―
「待って」霧島が声を上げた。「このノイズパターン、変です」
通信科での経験が、彼女に違和感の正体を教えていた。「通常の妨害電波なら、もっと...構造的なはずです」
「ほう?」主任教官の声が、初めて明確な関心を帯びる。
「敵の電子戦というより」霧島は画面に映るデータの流れを指さす。「これは標準機自体の特性かもしれません。人型という形状が生み出す、固有の電磁場パターン」
教室の空気が、わずかに変化した。
「私から補足を」綾瀬が前に出る。「実は重機の大型化でも同様の現象が。スケールが変わると、単なる線形拡大では説明できない異常が」
「情報保全の観点からも」鷹見が続く。「このパターンは既知の敵性電子戦とは一致しない。なら、むしろ標準機という未知の存在が」
「正解です」
主任教官の声は、しかし勝利を告げるものではなかった。
「標準機は、時として我々の理解を超えた反応を示す。人型という特異な形状、そして圧倒的なスケール。それは想定外の現象を引き起こす」
彼は壁面に新たなデータを展開した。そこには、標準機の異常事例が時系列で並んでいた。
「我々は未だに、この兵器を完全には理解していない。皆さんには、そのことを強く意識してもらいたい」
中村准教官が補足する。「標準機を運用するなら、教科書的な対処では不十分です。時として直感的な、しかし論理的な判断が必要になる」
「次の課題です」
主任教官の声と共に、壁面のデータが切り替わった。そこに映し出されたのは、かつて経験したことのない戦術シナリオだった。