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# 四


体育館の壁面に映し出された映像は、標準機のセンサー出力を忠実に再現していた。通常の視覚情報に加え、赤外線データ、電磁波分布、さらには地形の応力分布まで、複数のデータが重層的に表示される。


「これが、標準機パイロットが直面する『現実』です」


主任教官の声に、張りつめた空気が漂う。


「高さ14メートルの視点から見た戦場。しかし、それは単なる『高い位置』からの眺めではない。皆さんの体は、その巨大な機体そのものになる」


壁面の映像が、標準機の歩行動作に合わせてゆっくりとスクロールを始めた。


「人類は直立二足歩行を獲得して以来、ずっと同じ目線の高さで世界を見てきた」教官補佐が補足する。「その感覚は、遺伝子レベルで組み込まれている。しかし、標準機の操縦では、その本能的な空間認識を根本から書き換える必要がある」


綾瀬が小さく息を呑む。施設科での重機操作経験が、この言葉の重みを理解させた。大型重機でさえ、操縦席は地上との関係性が明確だ。しかし標準機は、文字通り「巨人として歩く」ことを操縦者に要求する。


「では、評価を開始します」


最初の課題は、市街地での経路選択。建物の間を縫うように進みながら、最適な戦術位置を選定する。表示される情報は、実際の戦場を想定した不完全なものだ。


古谷部隊の訓練生たちが、またしても高い基礎能力を見せる。しかし―


「経路選択、合格基準内」計測員が告げる。「ただし、建物への接触リスクが許容値上限」


「歩兵としての経験が、却って邪魔をしていますね」中村准教官が静かに言う。「人間スケールでの最適解と、標準機スケールでの最適解は、必ずしも一致しない」


続く訓練生たちも、同様の傾向を示していく。基本的な戦術眼は確かだが、標準機という存在の特異性への理解が追いついていない。


「鷹見曹長」


情報保全隊出身の鷹見は、独特のアプローチを示した。彼女は、表示される複数の情報レイヤーを、まるでデジタル地図のように扱っている。


「経路選択、合格基準クリア」計測員の声が続く。「建物接触リスク、許容値の80%」


「情報分析の手法を応用しました」鷹見は簡潔に説明する。「複数の情報レイヤーを重ね合わせることで、立体的な状況把握を試みました」


「綾瀬二曹」


施設科出身の綾瀬は、また違った視点を持ち込んだ。彼女は建物を、単なる障害物としてではなく、地盤との関係性の中で捉えている。


「経路選択、合格基準クリア。建物接触リスク、許容値の75%」


「重機での作業経験から」綾瀬は表示された経路を指さす。「建物の基礎部分の強度と、地盤の支持力。それらを考慮した上での経路です」


「実践的な視点ですね」主任教官が頷く。「標準機の重量は、周囲の環境に大きな影響を与える。その認識は重要です」


「霧島曹長」


最後に呼ばれた霧島は、沈黙のまま課題に向き合った。彼女の経路選択は、一見すると非効率に見える。しかし―


「経路選択、合格基準クリア。建物接触リスク、許容値の65%」


「通信施設の設置で学んだことです」霧島は静かに説明を始める。「電波の伝搬経路は、時として直感に反する。同じように、標準機の最適経路も、必ずしも『直線的』とは限らない」


主任教官の目が、わずかに細まる。「電磁波と巨人の移動。一見、無関係に思えるその二つを結びつけた発想が、面白い」


「しかし」中村准教官が厳しい表情で付け加える。「実戦では、そんな『迂回』は許されない場面も」


「はい」霧島は即座に応じた。「ただ、通信科での経験は、もう一つの教訓も残しています。最短経路が、必ずしも最速の伝達経路とは限らない。それは、戦場でも同じではないでしょうか」


教室に、短い沈黙が流れる。


「興味深い議論です」主任教官が、その沈黙を破った。「標準機の運用で最も重要なのは、既存の戦術常識と、新しい戦闘形態の統合。その意味で、皆さんの多様な視点は、大きな価値を持つ」


壁面の映像が、新たな課題を表示し始めた。


「次は、市街戦における敵味方識別演習に移ります」


訓練生たちの表情が、さらに引き締まる。より実戦的な評価が、始まろうとしていた。

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