三
# 三
「神経反応速度測定を開始します」
体育館の床から、円形のプラットフォームが静かに上昇してきた。直径およそ5メートル、高さ50センチメートルほどの装置だ。その表面には、不規則な間隔で無数の LED が埋め込まれている。
「この測定では、実際の標準機コックピットでの情報処理を模擬します」教官補佐が説明を続ける。「まず、床面の LED が特定のパターンで点灯します。これに対し、事前に指示された反応パターンで応答してください」
霧島は無意識に眉を寄せた。通信科での経験から、これが単純な反応速度テストではないことが分かる。パターン認識と意思決定、そして身体動作の連携が求められる。実質的な「戦術判断」のテストなのだ。
「一人ずつ、指名された順序で」
最初に呼ばれたのは、古谷部隊からの訓練生だった。その動きは無駄がなく、明らかに事前の訓練を感じさせる。しかし―
「反応遅延、0.42秒」計測員が淡々と告げる。「判断修正回数、4回」
中村准教官が小さく首を振る。「まだ目で追っていますね。これは致命的です」
二人目、三人目と測定は続く。ほとんどの訓練生が同じような傾向を示していく。体の動きは洗練されているのに、どこか本質的なものが欠けている。
「綾瀬二曹」
施設科出身の綾瀬が、プラットフォームに上がる。彼女は一瞬、足元の LED の配置を観察した。そして―
「反応遅延、0.31秒。判断修正回数、2回」
「おお」中村准教官が声を上げる。「なるほど、重機オペレーターの経験ですか」
「はい」綾瀬は淡々と答えた。「大型重機の操作では、目視に頼りすぎると却って危険です。体全体でバランスを取りながら、周囲の状況を把握する。それを意識してみました」
「鷹見曹長」
情報保全隊出身の鷹見は、さらに異なるアプローチを見せた。LED のパターンを、まるでデータストリームのように読み取っていく。
「反応遅延、0.28秒。判断修正回数、1回」
「情報分析の手法を応用したんですね」中村が感心した様子で言う。「パターンを予測し、先回りした対応を。しかし、実戦ではそうもいきませんよ」
「承知しています」鷹見は真摯に応じる。「ただ、この測定の目的が、パターン認識能力の評価にあるのではと」
「霧島曹長」
最後に呼ばれた霧島は、静かにプラットフォームに向かった。通信科での経験が、彼女に独特の視点を与えていた。
LED が点灯を始める。霧島の動きは、一見すると遅く見える。しかし―
「反応遅延、0.25秒。判断修正回数、0回」
測定室が静まり返った。
「通信における『ノイズとシグナルの分離』」霧島は平静を装いながら説明する。「意味のある信号だけを抽出する。それが習慣になっていました」
主任教官が初めて、明確な関心を示した。「つまり、LED のパターンそのものではなく、その背後にある意図を読み取った」
「戦場での通信は、ノイズに埋もれた断片的な情報の連続です」霧島は続ける。「その中から、真に重要なシグナルを見極める。それが通信科に求められる能力でした」
「興味深い」主任教官は、何かを書き留めながら言った。「標準機の戦術情報処理に、まさにその考え方が必要になる。しかし―」
彼は一瞬、声を落とした。
「実戦では、すべてのノイズが意味を持つ可能性がある。その判断を、0.25秒で行えますか?」
霧島は黙って頷いた。それは質問ではなく、警告だということを理解していた。
「次の測定に移ります」教官補佐の声が響く。「空間認識能力評価の準備を」
プラットフォームが静かに床下に沈んでいく。代わりに、体育館の壁面全体が巨大なディスプレイに変わっていった。そこには、標準機から見た戦場の光景が広がっていた。
訓練生たちの表情が、一様に引き締まる。これから始まるのは、より実戦に近い評価なのだ。