表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

# 三


「神経反応速度測定を開始します」


体育館の床から、円形のプラットフォームが静かに上昇してきた。直径およそ5メートル、高さ50センチメートルほどの装置だ。その表面には、不規則な間隔で無数の LED が埋め込まれている。


「この測定では、実際の標準機コックピットでの情報処理を模擬します」教官補佐が説明を続ける。「まず、床面の LED が特定のパターンで点灯します。これに対し、事前に指示された反応パターンで応答してください」


霧島は無意識に眉を寄せた。通信科での経験から、これが単純な反応速度テストではないことが分かる。パターン認識と意思決定、そして身体動作の連携が求められる。実質的な「戦術判断」のテストなのだ。


「一人ずつ、指名された順序で」


最初に呼ばれたのは、古谷部隊からの訓練生だった。その動きは無駄がなく、明らかに事前の訓練を感じさせる。しかし―


「反応遅延、0.42秒」計測員が淡々と告げる。「判断修正回数、4回」


中村准教官が小さく首を振る。「まだ目で追っていますね。これは致命的です」


二人目、三人目と測定は続く。ほとんどの訓練生が同じような傾向を示していく。体の動きは洗練されているのに、どこか本質的なものが欠けている。


「綾瀬二曹」


施設科出身の綾瀬が、プラットフォームに上がる。彼女は一瞬、足元の LED の配置を観察した。そして―


「反応遅延、0.31秒。判断修正回数、2回」


「おお」中村准教官が声を上げる。「なるほど、重機オペレーターの経験ですか」


「はい」綾瀬は淡々と答えた。「大型重機の操作では、目視に頼りすぎると却って危険です。体全体でバランスを取りながら、周囲の状況を把握する。それを意識してみました」


「鷹見曹長」


情報保全隊出身の鷹見は、さらに異なるアプローチを見せた。LED のパターンを、まるでデータストリームのように読み取っていく。


「反応遅延、0.28秒。判断修正回数、1回」


「情報分析の手法を応用したんですね」中村が感心した様子で言う。「パターンを予測し、先回りした対応を。しかし、実戦ではそうもいきませんよ」


「承知しています」鷹見は真摯に応じる。「ただ、この測定の目的が、パターン認識能力の評価にあるのではと」


「霧島曹長」


最後に呼ばれた霧島は、静かにプラットフォームに向かった。通信科での経験が、彼女に独特の視点を与えていた。


LED が点灯を始める。霧島の動きは、一見すると遅く見える。しかし―


「反応遅延、0.25秒。判断修正回数、0回」


測定室が静まり返った。


「通信における『ノイズとシグナルの分離』」霧島は平静を装いながら説明する。「意味のある信号だけを抽出する。それが習慣になっていました」


主任教官が初めて、明確な関心を示した。「つまり、LED のパターンそのものではなく、その背後にある意図を読み取った」


「戦場での通信は、ノイズに埋もれた断片的な情報の連続です」霧島は続ける。「その中から、真に重要なシグナルを見極める。それが通信科に求められる能力でした」


「興味深い」主任教官は、何かを書き留めながら言った。「標準機の戦術情報処理に、まさにその考え方が必要になる。しかし―」


彼は一瞬、声を落とした。


「実戦では、すべてのノイズが意味を持つ可能性がある。その判断を、0.25秒で行えますか?」


霧島は黙って頷いた。それは質問ではなく、警告だということを理解していた。


「次の測定に移ります」教官補佐の声が響く。「空間認識能力評価の準備を」


プラットフォームが静かに床下に沈んでいく。代わりに、体育館の壁面全体が巨大なディスプレイに変わっていった。そこには、標準機から見た戦場の光景が広がっていた。


訓練生たちの表情が、一様に引き締まる。これから始まるのは、より実戦に近い評価なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ