新章八
# 新章 八
「制御系の限界点を超過」
システム監視官の声が、冷たく響く。標準機の神経網を流れる電流値は、装甲の物理的限界を超えていた。中和できないエネルギーが、機体の随所で青白い放電となって迸る。
綾瀬は即座に理解した。これは単なる過負荷ではない。標準機が、自らの機能を限界まで高めることで、ATLASシステムの侵攻を食い止めようとしている。
「このままでは」
彼女は端末のデータを指す。
「神経網が焼失します」
しかしその時、鷹見がある異変に気づいた。
「これ、方向性がある」
情報分析の経験が、彼女にパターンの本質を示していた。電流の異常は、制御中枢から放射状に広がっているのではない。むしろ、特定の回路に集中している。
「霧島さんの神経接続部を、保護している」
実験棟で、標準機の装甲が真紅に熱せられていく。しかし、パイロットポッドだけは異常な低温を保っている。機体が、最後の機能を注ぎ込んで、パイロットを守ろうとしていた。
「これ以上は」
園部が、初めて本質的な焦りを見せる。
「機体が、完全に崩壊します」
通信回線に、霧島の声が流れる。
「私が、止められます」
「何を」
「ATLASを。でも、そのためには」
彼女の言葉が途切れる前に、標準機が新たな動きを示した。神経接続の出力が、一気に跳ね上がる。
「危険です」
榊原の声が響く。
「即座に中断を」
「できません」
霧島の声は、奇妙な穏やかさを帯びていた。
「標準機と私で、ATLASの暴走を止めます。これが、私たちにできる最後の」
制御室の計器が、一斉に警告を発する。標準機の神経網に流れ込む電流が、あらゆる安全値を超えて上昇していく。
「人間の脳が」
園部が叫ぶ。
「この負荷に耐えられるはずが」
しかし霧島の声は、揺るがない。
「標準機が、私に教えてくれた。人間とAIと機械。互いを理解することの」
その時、制御室のモニターに最後のデータが流れる。それは標準機が解読した、ATLASシステムの本質的な制御コードだった。
「これは」
園部が息を呑む。
「完全な解析図」
次の瞬間、実験棟が眩い光に包まれる。
標準機は、自らの機能を完全に燃焼させることで、ATLASの制御コードを書き換えた。しかし同時に、そのエネルギーは神経接続を通じて、パイロットの脳にも。
最後の通信で、霧島の声が聞こえた。
「これが、本当の統合...」