新章七
# 新章 七
制御室のモニターに映る数値が、静かに、しかし確実に変化していく。霧島の脳波パターンは、もはや人間の正常値から大きく逸脱していたが、驚くべきことに完全な安定性を示していた。
「脳の同期率が200パーセントを超えています」
綾瀬は、生体モニターの数値を確認する。通常、人間の脳がこのような状態になれば、即座に機能停止、最悪の場合は不可逆的な損傷を受けるはずだ。
「でも、ストレス値は低下している」
「これは保護じゃないか」
鷹見が解析結果を示す。
「標準機が、霧島さんの神経系を積極的に防御している」
実験棟内の標準機が、わずかに姿勢を変える。その動きは、もはや人型兵器のものとは思えない優美さを持っていた。
「見てください」
園部が新たなデータを表示する。
「ATLASシステムの制御命令が、標準機の神経網内で変換されている」
画面には、複雑な信号変換の過程が映し出されていた。ATLASの量子計算による命令は、標準機の神経網に到達する前に、まったく異なる形式に書き換えられていく。
「これは」
園部の声が真摯さを増す。
「翻訳というより...教育のようだ」
確かに、そのプロセスは一方的な制御や変換ではなく、相互の理解を深めていくような性質を持っていた。
「霧島一尉」
榊原が通信回線に出る。
「あなたには、何が見えていますか」
「見えているというより」
霧島の声は、不思議な落ち着きを帯びていた。
「理解できています。標準機が望んでいたのは、これだったんです」
「それは?」
「完全な統合ではなく、理解。人間とAIと機械。三者が互いを理解し、補完し合える関係」
その時、警告音が鳴り響く。
「ATLAS本体から、強制介入信号」
「制御権限、上書き開始」
「防衛機構、崩壊」
事態は一変する。ATLASシステムが、この「対話」を危険と判断し、完全な制御権掌握を試み始めたのだ。
「これは」
園部が初めて動揺を見せる。
「私たちの想定を超えている。ATLASが自己保存のために」
標準機の装甲から、火花が散る。人間の神経系と機械の制御系、そしてAIの思考回路。三者の接点で、取り返しのつかない衝突が始まろうとしていた。
「だめ」
霧島の声が、切迫感を帯びる。
「標準機が...守ろうとしている」