新章五
# 新章 五
実験制御室のモニターに、霧島の生体データが明確な異常を示していた。通常、標準機との神経接続時の脳波は規則的な干渉パターンを示す。しかし今、彼女の脳波には第三の波形が重なっていた。
綾瀬は、施設科で学んだシステム解析の経験を総動員して状況を読み解こうとしていた。標準機の自己診断システムが示す数値は、まるで重機の過負荷状態に似ている。しかし決定的に違うのは、この「負荷」が単なるメカニカルなものではないことだ。
「これは制御系の多重共振」
彼女は端末に表示された診断結果を指さす。
「人間の神経パルス、標準機の制御信号、そしてATLASの演算パターン。三つの異なる周波数が共鳴して、一つの」
「増幅している」
鷹見が割り込む。情報分析官として、彼女は信号パターンの異常を即座に認識していた。
「でも、これは単純な発散ではない」
確かに、波形は不安定ながらも、ある種の秩序を保っている。まるで...
「対話を試みている」
園部が低い声で言う。「標準機が、人間とAIの両方と」
実験棟で、異音が響く。破壊的な音ではない。むしろ、巨大な機械が初めて自分の声を見つけたような。
「霧島一尉」
管制官が呼びかける。
「あなたの現在の神経接続状態は」
「見えます」
彼女の声は、痛みに歪んでいながら、どこか冷静さを保っている。
「標準機が...私たちに何かを」
その時、綾瀬は気づいた。計器が示す数値の意味に。
「これ、まるで...通訳のよう」
確かに、データの流れはまるで言語翻訳のプロセスに似ていた。標準機が、人間とAIの「言語」を相互に変換しているかのように。
「危険です」
榊原の声が響く。
「パイロットの脳に、許容値を超える負荷が」
彼の警告が終わる前に、事態は急変する。