新章四
# 新章 四
「神経接続強制同期、開始」
霧島の意識が、制御の限界を超えて引き裂かれる。ATLASシステムは、彼女の脳波パターンを介して標準機の神経網に侵入を試みていた。
「重度の神経干渉を検知」
「シナプス電位が閾値を超過」
「量子もつれの崩壊が加速」
管制室からの警告が、もはや意味をなさない。霧島の感覚は、人間と機械の境界を完全に喪失していた。
「これは」
鷹見が情報分析端末から叫ぶ。
「デッドロック」
彼女の画面には、三つの制御系の衝突が図示されている。人間の神経パターン、標準機の自律神経網、そしてATLASの量子AI。それぞれが異なる位相で共鳴し、破壊的な干渉を起こしていた。
「制御系の位相が完全に乖離」
綾瀬が技術データを読み上げる。
「ヒューマンマシンインターフェースが崩壊します」
「待って」
園部が前に出る。
「これは予想外の発見よ」
彼女の端末には、驚くべきデータが表示されていた。標準機の神経網が、人間のパイロットとATLASシステムの両方を介して、独自の量子計算を実行している。
「三重量子もつれ」
園部の声が興奮を帯びる。
「標準機が両者の特性を取り込んで、新たな制御構造を」
「博士」
榊原の声が通信を遮る。
「人命が危険です」
警告の通り、霧島のバイタルデータが危険域に突入していた。彼女の脳波は、人間の正常な活動範囲を大きく逸脱している。
「強制切断を」
「不可能です。神経接続が物理的にロック」
「代替システムも応答せず」
混乱の中、鷹見が異変に気づく。
「これ...匂います」
情報保全隊で培った彼女の直感が、データの異常を察知していた。ATLASシステムの暴走は、単なる事故ではない。
「意図的な改変の痕跡」
鷹見が説明を始める。
「ATLASの基本プロトコルが、何者かによって」
轟音が実験棟を揺るがす。
標準機が、制御を完全に失った。しかし、それは単なる暴走ではなかった。その動きには、明確な意思が感じられる。
「これは」
園部が端末を凝視する。
「三つの意識の統合?それとも...」
霧島の悲鳴が通信回線に流れる。
それは苦痛の叫びではなく、何かに気づいた者の警告のような。
「標準機が」
彼女の声が、歪んだノイズと共に響く。
「私たちに教えようとしている」




