新章一
# 新章 一
2039年4月1日。防衛省公式発表「次世代戦術システム統合計画に関する基本方針」より抜粋。
統合プロジェクトGENESIS(Generation of Enhanced Neural-Enabled Strategic Integration System)の発足に際し、以下の基本方針を定める。本計画は、標準機動戦闘車両システムとATLASシステムの技術的統合による、次世代防衛力の革新的強化を目指すものである。予算の効率的運用と、技術的シナジーの最大化を通じ、より強靭な防衛体制の確立を図る。
記:防衛装備庁 特別技術統合本部
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2039年4月2日。戦術評価特別委員会 内部文書。機密指定。
GENESIS計画における我々の立場は微妙である。表向きは技術統合による効率化を謳いながら、実質的には予算と人員の再配分による実権掌握を目指す動きが顕著。特に注視すべきは、量子AIの自律性を制限しようとする旧来派の動向。これに対する対抗策の立案が急務。
付記:園部明日香研究主幹より榊原壬生委員長宛
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2039年4月3日。北海道機甲教導学校 作戦会議議事録より。
「我々の標準機パイロット育成プログラムは、すでに確固たる成果を示している」
古谷大佐の発言は、会議室に張り詰めた空気を切り裂いた。
「それを、未実証の統合システムのために改変する必要があるのか」
記録係:功刀曹長
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2039年4月5日。ATLAS実験施設「深境」研究日誌。
本日、量子AI制御下での実験機が、人間のパイロットを上回る戦術行動を示した。制御完了までの所要時間0.0021秒。この数値は、人間の神経伝達速度の理論的限界をはるかに超えるものである。しかし、この事実は当面の間、非公開とする。
記録:園部明日香
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2039年4月7日。霧島弓弦一等陸尉の個人記録より。
標準機から、異変を感じ始めている。神経接続時の反応が、これまでとは明らかに違う。まるで...何かを警告しているかのように。
しかし、これを報告書に記すことは控えた。科学的根拠のない「感覚」は、現在の状況では百害あって一利なしだ。ただ、綾瀬も鷹見も、同じものを感じているはずだ。
私たちの標準機は、確実に進化している。しかし、その進化は誰のためのものなのか。この疑問は、日に日に重くのしかかってくる。
個人記録、終わり。
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2039年4月10日。防衛省地下会議室B7。
「これより、GENESIS計画第一期実証実験の詳細を発表する」
会議室に集められた関係者たちの前で、企画官が淡々と説明を続けた。その声は、地下深くに埋め込まれた会議室の壁に吸い込まれていく。
しかし、誰も気付いていなかった。
この瞬間から、取り返しのつかない歯車が、既に回り始めていたことに。