別章二t
# 別章 二
2033年 11月
戦術評価特別委員会地下実験場「暗渠」
量子計算機のノイズが、地下300メートルの実験場に満ちている。
「制御成功率、93.7パーセント」
園部明日香の表情に、わずかな満足の色が浮かぶ。目の前のモニターには、ATLASシステムの稼働データが流れている。量子AIによる完全自律制御の実験データだ。
「反応遅延はわずか0.08秒」
彼女はデータを指差す。
「人間のパイロットの約5分の1です」
実験場の中央に設置された試験機体が、人の介在なく動きを続けている。その動きには人間らしい迷いが一切ない。純粋な効率を追求した、機械的な完璧さ。
「見事ですね」
榊原壬生が実験場に入ってきた。彼の制服の肩には、新たな階級章が輝いている。
「技術的な壁は、ほぼ突破できたと」
「ええ。でも...」
園部は試験機体を見つめたまま言葉を継ぐ。
「これはまだ序章です」
彼女の端末に、新たなデータが表示される。それは標準機開発部隊から極秘に入手した、神経接続データ。
「彼らは」
園部の声が冷ややかになる。
「まだ人間とのシンクロ率にこだわっている。でもそれは、根本的な誤りです」
「パイロットの存在自体が」
榊原が言葉を継ぐ。
「システムのボトルネックになると」
「その通り」
園部がキーボードを叩く。
「ご覧ください」
巨大スクリーンに、ATLASの核となる新理論が展開される。
「私たちは、彼らと同じ間違いを繰り返さない」
園部の声が力強さを増す。
「標準機に必要なのは、人間の代替ではない。人間の限界からの完全な解放」
試験機体が新たな動きを示し始める。それは人間の動きを模倣するのではなく、純粋に機械としての最適解を追求していた。
「面白いものを見せていただきました」
新たな声が、実験場に響く。
振り向くと、防衛省の最高幹部の一人、葛城大将が立っていた。
「葛城大将」
榊原が敬礼する。
「このような場所まで」
「評判を聞きましてね」
葛城の表情は読めない。
「戦術評価特別委員会の...非公式な実験場があると」
園部は平然と応じる。
「ご覧の通り、私たちは着実に進歩を」
「そうですね」
葛城は試験機体を見上げる。
「予想以上の成果です。予算案の修正を、検討する価値がありそうですね」
その言葉の意味を、誰もが理解していた。これは単なる視察ではない。権力の重心が、確実に動き始めている。
「ただし」
葛城は出口に向かいながら言う。
「表立った対立は避けていただきたい。まだ、その時期ではない」
扉が閉まる音が、実験場に響く。
「好都合ですね」
榊原が静かに告げる。
「これで、第二段階に移行できる」
園部は無言で頷く。
彼女の端末には、すでに次期実験の設計図が展開されていた。人型を保ちながら、人間の要素を極限まで排除した、新たな標準機の姿が。