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# 十


最初に感じたのは、違和感だった。


神経同調試験装置に固定された霧島の体は、微かな電流を感じていた。それは痛みではなく、むしろ体の輪郭が曖昧になっていくような感覚。通信科で経験した高出力アンテナの近接効果とも異なる。


「神経同調率、15パーセント」

整備班の声が、どこか遠くで響く。


「霧島曹長」中村准教官の声。「力を抜いてください。機械に抵抗してはいけない」


抵抗―その言葉で、彼女は自分が無意識に体を硬くしていたことに気づく。通信機器の設置で培った体の使い方が、かえって邪魔をしているのかもしれない。


「同調率、18パーセント。不安定です」


目を閉じる。暗闇の中で、体の感覚が少しずつ変化していく。まるで、誰かの手が内側から体を広げていくような。


「違います」

整備班長の声が、静かに響く。「標準機に合わせるのではない。霧島曹長の体が、標準機の大きさまで広がるんです」


その言葉が、不思議なイメージを喚起する。通信における波長―周波数を合わせれば、異なる存在も共鳴する。


「同調率、27パーセント。上昇傾向」


体が、溶けていく。

いや、広がっていく。


見たことのない景色が、閉じた瞼の裏に浮かび上がる。14メートルの高さから見下ろす風景。漆黒の装甲に反射する光。そして―


「同調率、急上昇。43パーセント」


痛み。

しかし、それは体の一部が欠けたような痛みではない。新しい感覚器官が、急激に目覚めたような。


「霧島曹長」教官の声が、今度ははっきりと聞こえる。「あなたの通信感覚を思い出して。未知の信号との対話を」


その瞬間、彼女は理解した。

これは本当の意味での「通信」なのだと。


「同調率、67パーセント。安定しています」


目を開けると、世界が違って見えた。いや、世界は同じだ。変わったのは、それを見る自分の在り方。


「初動試験としては、十分な数値です」中村准教官が近づいてくる。「どんな感覚でしたか?」


霧島は言葉を選ぶ。単なる機械との同調では説明できない、もっと本質的な何かが。


「通信...ではないんです」彼女は慎重に言葉を紡ぐ。「むしろ、翻訳。私という存在を、別の大きさの言語に」


「興味深い表現ですね」

主任教官が、いつの間にか演習場に姿を見せていた。


「標準機との神経同調は」彼は霧島の言葉を反芻するように続ける。「確かに、人間という存在の『翻訳』なのかもしれない。巨人という、未知の言語への」


試験装置から解放された霧島の体は、まだ微かな違和感を残していた。それは拒絶感ではない。むしろ、何か大きなものとの出会いの予感。


「次、綾瀬二曹」


朝日が高く昇り、演習場の影が短くなっていく。標準機の装甲が、今までと違う輝きを帯びて見えた。


人間と巨人の対話は、始まったばかりだった。

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