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# 九


「整列、気をつけ」


未明の演習場に、整列した訓練生たちの足音が響く。北海道の四月は、まだ凍えるような寒さが残っている。しかし、今日から始まる訓練のために支給された特殊訓練服は、その寒気を完全に遮断していた。


「本日より、実機基礎訓練を開始する」

中村准教官は、その「実機」という言葉に特別な重みを持たせた。

「しかし、その前に理解しておくべきことがある」


彼は訓練生たちの前で立ち止まり、背後に控える標準機を見上げた。

「これから皆さんは、人類の歴史上初めての経験を積むことになる」


霧島は思わず眉を寄せる。歴史上初めて―その言葉の真意を測りかねて。


「人類は武器を進化させてきた」中村は続ける。「槍から剣へ。弓から火器へ。そして戦車から...ここまでは、全て道具の進化だった」


彼は再び歩き始める。

「しかし標準機は違う。これは単なる兵器の進化ではない。人間が、巨人として戦場を歩く。その経験を、人類は未だ持ち得ていない」


訓練生の間に、微かな動揺が走る。


「標準機に『乗る』という表現は正確ではない」

教官の声が、さらに鋭さを増す。

「我々は標準機に『なる』のだ」


綾瀬が小さく息を呑む。施設科での経験が、その言葉の重みを直感的に理解させた。重機のオペレーターは確かに機械を操る。しかし、標準機は―


「初めに、基礎骨格との同調訓練を行う」


整備班が、演習場の中央に奇妙な装置を運び込んできた。標準機のコックピット部分を模した骨組みだ。しかし、その周囲には無数のセンサーとケーブルが配置されている。


「これは神経同調試験装置」教官補佐が説明を始める。「標準機との接続に先立つ、適合性評価装置です」


鷹見は装置を凝視していた。情報保全隊での経験から、この装置の異常さを理解している。通常のインターフェース機器とは、明らかに異質な何かがそこにある。


「霧島曹長」


最初の指名に、訓練生たちの視線が集中する。


「はい」

「では、搭乗を」


装置に近づく霧島の背に、朝日が差し込む。演習場の向こうでは、整備班が実機の準備を進めている。その姿は、まるで古の神殿で儀式の準備をする祭司のようにも見えた。


「これより、神経同調試験を開始します」

整備班長の声が、クリアに響く。

「霧島曹長、準備はよろしいですか」


「はい」


彼女の声は、いつになく張りつめていた。目の前には、人類の経験を超えた領域への扉が開こうとしている。


試験装置が、低い唸りを上げ始めた。

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