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ショートストーリ創作工房 41~45  作者: クリエーター・たつちゃん
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ショートストーリ創作工房 41~45

5編のショートストーリズ。結婚相手は目の前にいる、マンションの管理費削減策、地球外生命に見られている、油断した隙に・・・・・・、控え選手からの下克上。

目次

41.灯台下暗し

42.費用を下げる監視社会

43.熱い視線

44.油断大敵

45.コロナ幸



41.灯台下暗し

 結婚したいが、できない男がいた。名前は(しょう)()という。誰もが認める3高(長身、高学歴、高収入)+イケメンであり、かつ幅広い知識だけでなくユーモアのセンスも身に付けている。その生き方に無駄はなく目の前のことだけに集中する性格である。金の(えん)であれば腐るほど持っているのに、なぜか女性とは(えん)がない。翔太は、なぜ理想とする女性に巡り合えないのか、自分には積極性が足りないのか、これだけの男が、なぜ、どうして……そう自己分析していた。

 翔太は、この悩みを学生時代からの友人に打ち明けた。すでに結婚し、子供もいる友人は翔太にシラッとした声で尋ねた。

「どんな女性と結婚したいの?」

「別に多くは望まない。明るくて優しくて、最期(さいご)まで看取ってくれる世話好きであれば。それに自分よりも若く、親兄弟や親戚ともうまくやっていける性格で、少しだけ料理の上手な家庭的な女性で……」

「待った! 待った!」

 友人は翔太の言葉をさえぎって、続けた。

「お前が結婚できない理由は、いまお前が全部しゃべったぞ」

「どういうことかな?」

「お前、最初に、相手には多くを望まないって言ったけど、その後、多くの望みを口にしたじゃないか。いいかぁ、結婚はしょせん妥協の産物だよ。何かを捨てないと結婚できんぞ」

「よく分からん」

「いいか、誰か特定の女性を選ぶってことは他の女性をすべて捨てることなんだ。お前が考えているような女性がいると思うか? 希望があまりにも多過ぎないか? 結婚相手に求めることなんて最低限のことでいいのさ。例えば、身体が丈夫だとか。共稼ぎをして家計を助けてくれるとか、さ」

「う~~ん。最低限?」

 将太は唸り、考えはじめた。

 それを見て友人は翔太が考えを改めるものとばかり思った。しかし、翔太は改めるどころか逆に友人を諭すように言った。

「人類の少なくとも半分は女性だよな。そのうち結婚の対象者になりうる女性は10億や20億はいるはずだ。それだけいれば自分の理想とする相手がいないなんて、どうしても考えられない。理想を実現できる確率は相当に高いと思うんだが。どうだぁ?」

 そう訊かれると、今度は友人が悩みはじめた。

「・・・・・・そうだなぁ。それも一理あるわな……」

 なぜか納得した顔で答えていた。

 実のところ、友人も今の女房とは妥協で結婚した。なので、理想の相手と言われると二の句が出なかった。本音は翔太と同じであることに気づいた。

「いいんじゃない。理想の相手を追い求めろよ。俺でよければなんでも協力するぜ」

 友人は語気強くエールを送った。

「サンキュー」

 将太はニコッと笑みを浮かべた。

 それから翔太は友人が紹介してくれる女性であれば必ず、会ってみた。セレブたちのパーティーにも参加してみた。だが、目の前に来る女性の絶対数が少ないと思いはじめた。

 翔太は方針を変え、結婚紹介所を利用することにした。定額料金で成婚にいたるまで、何人でも女性を紹介してくれるからである。これなら理想の女性を見つけられそうである。

 翔太は追加料金を払ってスタッフの中でも一番若い女性スタッフを専属として付けてもらった。初回の相談では、自分の理想をすべて伝えた。

「別に多くは望みません。明るくて優しくて、最期(さいご)まで看取ってくれる世話好きであれば。それに自分よりも若く、親兄弟や親戚ともうまくやっていける性格で、少しだけ料理の上手な家庭的な女性であれば」

 この女性スタッフは(男は誰でも理想が高すぎると思いつつも)笑顔を絶やさず、親切、丁寧、優しく、かつ親身になって相談に応じてくれた。いわゆる営業の顔で。

 紹介された女性との会話が上手くいかないと伝えれば、女性が好む話題ともてなし方なども伝授してくれた。しかし、理想とする相手とは縁のないまま時間のみが過ぎた。社内の女性職員を結婚相手として見てみても、どうも相手の方が自分には興味関心がないふうに思えた。結婚相談所のみが最後の頼みであった。将太は努力の成果がないことに焦りや不安を感じはじめていた。

 そんな心中を伝えると、女性スタッフは職務上毎回、翔太の目をしっかり見て、こう科白を口にするのであった。

「私が全身全霊をかけて最後(さいご)までお世話をさせていただきますから、ご安心ください。焦らずに、じっくり良縁を探しましょう。必ず理想の女性はいらっしゃいますから、ね。ファイトです」

この慈愛に満ちた言葉を何度耳にしたことだろうか。聞くたびに翔太は勇気がもりもりと湧いてくる自分を体感していた。そんな女性スタッフの手に触れてしまいそうな衝動に駆られもした。

 今日も翔太はいつもの女性スタッフから会員情報を紹介されていた。女性スタッフは相変わらず、親切、丁寧、優しく、かつ親身に接してくれていた。一通りの説明が終わり、女性スタッフはファイルから顔を上げ、いつもの科白を口にしようとして目を見開いた。そこにはこれまでになく懇願するような翔太の熱すぎる視線があった。(了)



42.費用を下げる監視社会

―あるマンションでの集会。

 腕を組み、憮然(ぶぜん)とした顔のオーナー兼管理人の老男性が手元に広げた書類に目を落としてから重い口を開いた。

「みなさん、回覧版でもお知らせしましたように今日集まっていただいたのは、このマンションの管理について、ご意見をいただくためです。といいますのも、このマンションも物騒になってしまったものです。自転車の盗難は頻繁だし、ドアを壊して入る空き巣の未遂事件が後を絶ちません。気になる時刻に私が時間を作って巡回していますが、いつもできるわけではありません。主要な場所には防犯カメラを設置することにし、警備会社には定期的に巡回警備を依頼したり、とセキュリティー費用が(かさ)むことになります。そこで相談なのですが、このままであれば来月から管理費を5000円だけ値上げさせていただくことになります。ご承知おきください」

 離れて座る老婦人も追い討ちをかけるように不満を口にする。

「その金額であれば、重い負担ではないですよ。お金よりも気になっていることがあるんです。それはゴミ出しのルールを守らない方もいるようですし、もっと悪いことに、こちらが〝おはよう〟〝こんにちは〟って挨拶をしても、返してくれません。どんなに嫌な思いをさせられていることか。住人たちが互いに挨拶を交わさないから風紀が乱れ、犯罪まがいなことが起こるのです。モラルの欠如もはなはだしい。今のうちになんとかしないことには……」

 すると、中年の女性が2人の老人を交互に見て(いた)わるような声で答えた。

「挨拶しない。モラルの欠如だと言われましても、わたしの世代であれば、幼い頃から、見知らぬ人から声をかけられても、対応してはいけない。変質者かもしれないから十分、注意しろ、って親や学校の先生から言い聞かされてきましたから、挨拶はしないし、されても返さないですよ。それが身を守ることになるから、と」

 オーナー兼管理人は聞かせるよう「は~」と大きく溜息をついてからまた口を開いた。

「マンションとはいえ、わたしたちは同じ屋根の下に暮しています。なので、家族も同然ですよ。顔を見れば挨拶くらいはするものだ。挨拶のできる者に悪人はいない。挨拶をしていれば、それだけで防犯効果がある」

 言い終わると、オーナー兼管理人は中年の女性に目をやった。中年の女性は気まずそうに俯いた。このやり取りを黙って見ていた別の若い男性が笑みを浮かべ快活に発言した。

「あの~、ちょっといいですかぁ。私はよく思うですがね。挨拶をしても相手が返してくれなくて、した人が嫌な思いをするくらいであれば、あえてマンション内の住人は互いに挨拶をしないというルールを作ってみてはどうですかねぇ」と、さきほどの中年の女性を擁護する意見を出した。

 後方から援護射撃を受けた中年の女性は微笑を浮かべゆっくりと出席者たちをぐるりと見回しながら、「そのほうがお互いに気を遣わなくていいですよ。さっぱりしますよ。私は、個人的にはそちらの男性の意見に大賛成です」と同意することを口にした。

 社会経験の浅い若い者たちは、面倒を回避するためには簡単に意見が一致するようだ。

 オーナー兼管理人はこのやり取りを、腕を組み苦虫を噛み潰した表情で聞いていた。この後も若い男性と中年の女性を中心に長時間にわたって議論が交わされた。その結果、住人たちはお互いに挨拶をしないというルールを作ることになった。若い男性と中年の女性に押し切られたという感があった。

 ルールの内容が掲示され、また回覧されて以降、住人たちはエレベータ内で顔を合わせようが、ゴミ収集所で顔を合わせようが、自転車置き場で一緒になろうが、声をかけることはなくなった。愛想笑いをする住人さえもしだいにいなくなった。それとともにマンション内でのトラブルも起こらなくなった。もちろん集会を開催することもなくなった。懸案だったセキュリティー費用も激減した。

 集会から3カ月が過ぎたころ、オーナー兼管理人の部屋では、男女4人がテーブルでお茶を飲みくつろいでいた。

「トラブルも無くなり、セキュリティー費用をかけることもなくなった。大幅な費用削減ができたぞ」

 そう言ってから湯飲みを口に運ぶ老男性の目は笑っていた。

「家族が協力したからですよ。ふっふっふっ」

 老婦人も満足気に笑った。

 長女は顔を老男性に向けて、甘えるように催促した。

「お父さん、お小遣いをもらってもいいでしょ。報酬として当然よね~」

 父親は頬を緩め軽く頭を上下させてから、息子を見て言った。

「それにしても修造(しゅうぞう)はいいアイディアを思いついてくれたなぁ。見直したぞ。よくやった」

 修造は口元に微笑を浮かべ、自信あり気な声で答えた。

(あね)()の振りが良かったんだ。自分が提案したことは、それほどいいアイディアじゃないよ。疑心暗鬼な目で住人たちがお互いを監視し合うように仕向けただけのことさ」(了)



43.熱い視線

 はるか遠くから、じ~っとこちらを眺める目があった。こちらにいる者たちは誰一人としてその視線に気づいている者はいなかった。

 その目には広大な緑の色が写っていた。そこは原始の森だった。清涼な空気に満ち溢れ、多くの獣たちが闊歩し、うじゃうじゃと湧き出る微生物たちの棲み家であった。

 ある日、人間という得体の知れない新種の動物が原始の森に入り、力任せに樹木を伐り倒し、草を焼き払い、地面を陽の下に曝させた。増え続ける自分たちの口を(のり)するために牛馬を使い、その地面を耕し、生命を維持する栄養素を体内へ取り込むための食物を育てはじめた。

 この国とて同じこと。食物の生産とともに同胞の数は増え続けた。さらなる地面を求めて海のかなたにいる無垢な人間たちを攻めもした。ある個人を現人神(あらひとがみ)と崇め、その取り巻きたちの理不尽な愚考が全体を理不尽な愚戦へと押しやった。理不尽な愚戦に動員する予備の同胞たちの数も、また増やし続けられた。やがてこの理不尽な愚戦も、また理不尽極まりない凶器の使用によって終焉させられ、海のかなたから同胞たちが津波のごとくこの国へ戻ってきた。その口々を糊する食物が足りない。

 同胞たちは、また樹木を伐り倒し、草を焼き払い、広大な地面を陽の下に曝させた。今回は、地面を容易に掘り起こし、広げることができた。愚戦のために改良された文明の利器を使ったから。それとともに、多くの獣たち、植物たち、微生物たちがあっけなく姿を消した。

 同胞たちは、自然から数多くの理不尽な仕打ちも受けてきた。猛暑時における豪雨、山の崩落、河川の氾濫による無数の被災者たちの死と涙。しかし、この理不尽は自分たちの行いに起因することを理解し、反省する同胞たちは少ない。

 人間は自分からは遠い理不尽に対して美しい正義感を抱くようだ。だがそうしたときの怒りや、被災者の痛み、苦しみへの同情を、感傷や情緒で終わらせやすい。理不尽は自分のせいではないし、自分ではどうしようもない、と。同情することには、どこか甘美な諦念(ていねん)が含まれているようにさえ思われる。人間は度重なる理不尽を一時のものと理解し、うまく忘れて次の希望へとつなぐことに()けてきたようだ。

 この理不尽にも怯むことなく、食物の生産量を余るほど増やしてきた。過食による疾病の蔓延。罪悪感のない食品ロスと大量廃棄。

 他方、もはや食物は口を糊するだけの物ではなくなっていた。文明の利器と違わず、別の物と交換され、価値を生む物となっていた。その交換の仲立ちをする〝金〟を求めて同胞たちは身を粉にして動いた。動けば動くほど、金を入手できた。ある時代を生きた同胞たちにとって、その息も切らない動きは理不尽な愚戦への悔恨を忘れる術だったのかもしれない。文明の利器は質が向上し、その量も増え、それに頼れば、額に汗することもなくなった。口を糊すること以外の享楽に金を支弁できる余裕もできた。

 耕作地には、食物に代わって天を突くほどの高層ビルディングが林立していた。今や同胞を評価する基準は職業と居所、稼金の規模だけになってしまっていた。成功者とそうでない者との線引きがはっきりとされた。前者は勝ち組と呼ばれ、自身の余生を考え、持つべき子の数も自発的に制限した。負け組みと呼ばれた後者は、もとよりその余裕すらなかった。自ずと同胞の数はしだいに減り続けた。為政者たちがこの危機をどう叫ぼうが、対策を打ち出そうが、絶滅の途を突き進むばかりであった。その時代の新リーダーは難局に直面し、「自助・共助・公助」を強調した。自己責任、連帯感という言葉など辞書の中でしか知らない若い同胞たちでさえ、「これでは政府は不要じゃないの?」と、呆れ顔をするばかりであった。

減りつつも残った同胞たちは効率性と利便性の改善と称し、一所(ひとところ)に住居を構えさせられた。その住民は高齢者たちのみであった。かつて住んでいた高層ビルディングはみるみる廃屋となった。しばらくは捨て置かれたが、その後、解体され更地にされた。誰にも見向きされない広大な地面がコンクリートの欠片とともに再び陽の下に曝された。その面積は国中に広がった。やがてその地面に鳥たちが一粒の種を落とし、草が茂り、小木が芽を出し、大木へと育っていった。

 幾世代、過ぎたであろうか。この国が経済成長を諦めて久しい。そのかいあって、二酸化炭素の排出量は微量にすぎなくなった。草も樹木も繁茂し、地面はすっかり原始の森に戻った。そこは清涼な空気で満ち溢れていた。獣たちは闊歩し、微生物たちはうじゃうじゃと湧き出ていた。かつていた多くの同胞たちの姿はどこにも見えない。目に写るのは樹間のいたる所に架かり微風に揺れる色とりどりのハンモックのみであった。心地良さそうに寝そべっていた物が不意に大きく動いた。目を凝らすと、それは太古にこちらを眺めていたエイリアンたちであった。(了)



44.油断大敵

「博士。これからのタンパク源は昆虫のようですね」

 助手は新聞を手に声をかけた。

「突然。どうしたのかね?」

 老博士はリトマス紙の青が赤に変わったのを確認すると顔を助手にむけた。

 助手は新聞記事を紹介した。

「2030年には、世界の人口が96億人近くまで増えるそうです。その人間のタンパク源を確保するものとして昆虫食が注目されているようです。北欧や東南アジアにはコオロギやバッタの養殖工場もあるようですね。世界をみると、昆虫食品を扱う企業がすでに270社もあると……」

 老博士は話の腰を折り、視線を窓の外にやって、

「バッタかぁ。バッタといえば佐藤春夫の『(いなご)の大旅行』を思い出すよ。ふっふっふっ」。

「博士! そんな感傷に浸ってる場合じゃないですよ」

 この声に老博士は顔を助手に戻して、「東南アジアでは、昆虫を食用とする文化があるし、日本にだって、ハチの子やイナゴの佃煮を食する地域もあるよ」

「はい。しかし、日本ではまだメジャーじゃなくて、ゲテモノ扱いされてます」

「バッタねぇ。確かぁ、アフリカ東部、中東、インドで大発生したという報道があったな」

「それはサバクトビバッタですよ。温暖化によって海水温が上がり、サイクロンが多発して、それが降らす雨がバッタの好む草を繁茂させるようです。草だけじゃなく穀物を食い尽くして、食料危機を招いているそうですよ」

「そういえば、日本でもトノサマバッタが大発生して蝗害(こうがい)を受けた時代があった」

「ですから、高温多雨な日本へもサバクトビバッタが襲来してくるかもしれません。1日に150キロも移動するそうですから。また、このバッタは繁殖力がすごくて約3カ月で1世代、条件が良ければ20倍に増えるそうです。単独ではおとなしいくせに、集団になると凶暴化するようですね。1平方キロ(約4千万匹)のバッタの群は1日で約3万5千人分の食料を食い尽くすみたいですよ」

「大発生しているヤツらを網かなんかで捕えて、煮て食っちゃうおう」

 老博士は笑みを浮かべちゃかすように言った。

「博士。それだけでは事業化できませよ。なんとか培養、養殖しないことには」

「事業化?」

「はい。役に立つかどうかも分からない実験なんかに終始しないで、われわれも社会に貢献したいじゃないですか」

 助手の声には強い意思が感じられた。

「……じゃあ、ゲノム編集をしろ?と」

「はい。その方面の研究に転向されては、どうですか?」

 そう言う助手の視線は熱かった。

「……」

「成功すれば、人類を救うことができますし、研究者冥利ですよ」

「……」

「博士!」助手は少し声を荒げた。

 腕組みし、天井をみつめていた老博士は、ゆっくり口を開いた。

「う~ん。ゲノム編集よりもその大発生するバッタを一箇所に呼び集めて、捕獲する術を考えるほうが得策じゃないかな?」

 その声は訴えていた。

「ゲノム編集では時間がかかりすぎる?と」

「私に残された時間は少ない。それに地球の温暖化は抑止できんだろ? どの国も二酸化炭素を出したがっているから。間違いなく、もっともっと大量発生するぞ」

「は~。それも一理あるかと……」

 老博士の提案に考えを巡らせた。

「一網打尽にするために、う~ん。どうすりゃいい? う~~ん。んんっ。そっかぁ、バッタが好むフェロモンを見つければ」

 博士の目はピーンと光った。

「それで一箇所におびき寄せると。なるほどぉ。博士。いいアイディアですね」

 助手は相好を崩した。

「さっそく、実験に取りかかろう。おぉ。その前にサバクトビバッタを100匹ほど入手してくれたまえ」

 その後、時間は流れた。

「誘引フェロモンを探せばいいわけだから、メスがオスを誘うときに出す? う~ん」

 さらに月日は流れた。

「年寄りよりも若いメスのフェロモンが強いかな? う~ん」

 さらにさらに年月は流れた。

 老博士はついにバッタを引き寄せるフェロモンを突き止めた。ありがたいことに、それは年齢、性別を問わず、強力な誘引物質として作用するものであった。その名称は4VA(4-ビニルアルソール)という低分子有機化合物である。これはバッタの触角にある感覚細胞で嗅覚受容体(OR35)と結合している。この受容体の働きを刺激して嗅いを出させれば、バッタを誘うことができる。

「よし。これで事業化できるぞ。バッタを無料で調達できる」

老博士は口元を弛め、手にしたバッタの触角をピンセットの先でチョンチョンと突いた。

「博士。やりましたね。大成功ですよ。長年の研究生活が報われるときがきました。おめでとうございます」と、助手が白髪になった頭を軽く下げたとき、ハゲ頭の老博士はニンマリと頬の筋肉を弛めた。その瞬間、手に持つバッタを放してしまった。

 バッタはわずかに開いた窓から外へ勢いよく飛び出した。

 その数日後の昼間、快晴の西の空がにわかに暗雲で覆われた。その雲は大きく蛇行しながら東方へと移動してきた。サバクトビバッタの大群が老博士の研究室にいる仲間を目指して襲来してきたのであった。(了)


付記。『朝日新聞』2020年5月11日、9月6日、9月10日参照。

The Asashi Shinbunm GLOBE, August, 2019, No.220.



45.コロナ幸

 2020年のプロ野球。ペナントレースも30試合を残すのみとなった。ペケリーグの首位はドコモ、2位東武とのゲーム差は8・0、最下位のグリコとは16ゲーム。優勝はドコモで決まりか?

 ペナントレース直前の下馬評ではベテラン選手が多いグリコの優勝が有力視されていた。ところが、シーズンに入ると、ちぐはぐな試合運びによって、連敗を重ね、最下位にあった。ここまで34勝51敗。勝率は0・400。そんなグリコに悪魔が急襲してきた。1軍のコーチを含め主力の投手と野手22名が新型コロナウイルスに感染してしまったのである。こんなこともあろうかと、日本野球機構は(NPB)は2月に協議し、感染者を登録抹消して選手を入れ替える「特例2020」を策定していた。球団はさっそく選手を入れ替えた。

 監督は苦しい胸のうちを、「この段階で主力が抜けることは、痛い。でも、2軍の選手にとっては棚からポッキー。このビッグチャンスをものにして欲しい」と、エールに変えた。

 プロ入り初の1軍昇格となった大卒ルーキーT投手は翌日の先発を任された。対戦相手はリーグ首位のドコモ。Tは持ち前の度胸と160キロ近いストレート、40センチの落差のあるフォークを多投し、あっけなく完封してしまった。この試合、他にも収穫があった。1番から6番までを任された高卒ルーキーたちが4本塁打、8打点の活躍をしたのだ。

 翌日のゲームでもチームは完封勝ちした。投手は2軍生活が14年目の苦労人であった。この試合は野手の活躍が目立った。超ファインプレーの連続で投手を盛り立てた。

次は東武との2連戦。この連戦でも打線が火を噴き、終わってみれば2連勝。投手は入団8年目、10年目のHとYが先発し、その後6年目のWが中継ぎ、クローザーは高卒ルーキーが務めた。

 入れ替えた選手たちは連日、期待以上の活躍をした。首位ドコモとのゲーム差もどんどん詰まってきた。こうなると、追いかける方が強い。グリコは2位にまで浮上した。入れ替えてからの成績は 勝5敗。残り3試合は首位ドコモとの3連戦。これに3連勝すれば勝率で、0・0001だけ上回るグリコの優勝が決まる。

 その重要な第1戦のマウンドを任されたのは、ここまで負けなしのTであった。9勝0敗で新人賞の受賞も確定していた。Tはこの試合でも実力を発揮し、玉数92球で完封劇を演じた。なんとマダックスをやってのけたのである。

 そのヒーロインタビュー。

「さっ、最高です!……」と思わず、涙で言葉を詰まらせた。

 野手は先発全員が入れ替わった2軍の選手たちであった。合計20安打を放った。

続いて、第2戦。ドコモは最多勝の受賞が確定しているプロ5年目のエースSが満を持して登板した。この試合で優勝を決める強い意志が感じられた。対戦するグリコの先発は、なんと昨日マダックスを達成したTであった。昨日の投球数が少ないとはいえ、そこはまだルーキーである。グリコの監督は博打に出たのか?という嘲笑の声も聞かれた。ところが、この試合も打線が爆発し、3回までに7点を取った。Tは楽々と101球で完投してしまった。終わってみれば、12対2でグリコが勝った。

 そして第3戦。いよいよ2020年の覇者を決める試合となった。誰がこんなペナントレースを予想したであろう。グリコが勝てば、まさにメイクイットドラマである。


 実況「さて、この天下分け目の最終試合のマウンドを任されるのは誰でしょうか? 場内アナウンスを聞きましょう」

アナウンス「ドコモ。9番、投手S」

客「うぉ~。うぉ~~~」

実況「おぉ。Sできましたか。連投にはなりますが、今年の最多勝投手ですから、ここはすべてを賭けようと。で、グリコの投手は?」

アナウンス「グリコ。9番、投手T」

客「うぉ~。うぉ~~~」

実況「お聞きください。このどよめきを。なんとグリコも連投のTを登板させるようです。Tはこの登板で3連投です。これも大きな賭けです」


 試合はもつれて延長12回裏へと進んだ。スコアーは2対1でグリコがリードしている。マウンドにはまだ先発のTいる。さすがに疲れているようす、肩で大きく息をしている。


実況「2アウト2・3塁。カウント1ストライク3ボール。ここで一打でれば、逆転でドコモの優勝が決まります。抑えれば、グリコの優勝です。バッティングチャンスです。マウンドのT、キャッチャーのサインに頷き大きく振りかぶって、投げたあー。……なんとー、初めて見るTの超スローボールです。ホームプレートへ届くのに時間がかかった。4番バッターは体にためを作りに作り、たまらず大きくバットを振ったー、振り抜いたー。……カッ、カラ振りー。3振です! グリコの優勝です! 神様、仏様、T様の再来です! マウンドにはグリコの選手が集まり、監督の胴上げがはじまりました。4回、5回と宙に舞っています」


インタビューア「監督。最下位からの優勝ですよ」

監督「はっ、はい。ありがとうございます」

インタビューア「まさに下剋上ですね。主な勝因はなんだとお考えですか?」

監督「はい。そりゃあ、もうコロナのお陰ですよ。はい~~」(了)




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