【お試し版】軍人さん、人狼となり人類の敵になる ~今日から人類は被捕食者になりました~
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──狩りの始まり
2030年。日本国東京都新宿区新宿駅。
「分かったのは私には力があるということだ」
コンタクトレンズ型の拡張現実デバイスを付けた男が、駅にあるトイレの鏡に向けてそう語る。
拡張現実デバイスはその様子を録画していた。
男は軍用のタクティカルベストを身に着け、くたびれたデジタル迷彩のパトロールキャップを被っている。
男の名は古鷹龍海。元日本情報軍中佐。
「それは純粋な暴力だ。相手を傷つけ、殺す。ただのその一点において私は極めて高度な力がある。他のどんな存在よりも優れていると豪語していい」
古鷹は腕を広げてそう言った。
「それが何を意味するのか。考えてみよう」
まるで教師が学生に語るように古鷹は語る。
「あらゆる世界の、あらゆる軍隊と警察及びそれに準じる組織に、一個人が歯向かえるということの意味だ。それは国家による暴力の独占の崩壊だ。そのような状況下においては近代的な主権国家は成立し得ない」
つまりと続ける。
「ようこそ、諸君。国家が崩壊する時代へ。万人の万人に対する闘争の時代へ」
古鷹はそう言って空挺仕様のカラシニコフを構えて初弾をチャンバーに送り込んだ。
「狩りの時間だ」
数名の同様にカラシニコフと手榴弾で武装した一団が拡張現実デバイスに表示され、一斉にトイレの外に出る。
「な、なんだ、あれ……?」
「玩具だろ……」
武装した男たちを見た駅の利用客たちがざわめく。
「ショータイム」
次の瞬間カラシニコフが唸りを上げ、ざわめきが悲鳴に変わった。
「諸君。よく殺せ。殺して、殺して、殺せ」
古鷹がカラシニコフにマウントした光学照準器を覗き込み、老若男女構わず射殺していく様子も拡張現実デバイスは記録し続けた。
「ぐあっ……!」
サラリーマンの頭が弾け飛ぶ。
「誰か、誰か!」
観光客の外国人がはらわたを撒き散らす。
「お母さん、お母さん! ああ!」
通学中の学生が叫ぶ。
銃弾が駅にいるあらゆる人間に向けて叩き込まれた。
まるでFPSでもプレイしているかのような現実感のない光景が広がり、逃げ散る利用客たちが銃弾で貫かれて死んでいく。
「銃を捨てろ! 銃を捨てなさい!」
そこに自動拳銃を構えた制服警察が数名、その視界に現れる。
「秩序が死に、国家が崩壊する様子を見るといい」
古鷹は手榴弾のピンを抜いて放り投げた。
「ぎゃっ──」
手榴弾が制服警官たちを切り裂き、惨殺する。防刃ベストなど手榴弾と軍用のフルメタルジャケット弾の前には何の意味もない。
「この新宿の警察署には700名程度の署員がいる。それを殺し尽くしたらどうなると思うかね? そう、次が来るだろう。だが、その次も殺したら?」
軍人らしい正確無比な射撃で警官を射殺し、警官の銃撃に対して遮蔽物に滑り込む。既に先ほどまで銃を乱射していた男たちは3名、警官に射殺されている。
「そのままこの国から警官がいなくなるまで殺し続けたら、いったい誰が法を執行し、いったい誰が秩序を維持するのか」
再び手榴弾。警官も保護されていた民間人も死ぬ。
「不可能だ。そんなものを維持できなくなる。まさに秩序が崩壊する」
「助け……」
地面に倒れていた生き残りの民間人に古鷹は一発ずつ銃弾を叩き込んだ。
「これは始まりに過ぎない。純粋なるパフォーマンスだ」
事件発生から2時間後。警視庁の機動隊が新宿駅内に突入。
「構え!」
防弾盾を構えて古鷹の前進を阻止しようとしていた。さらに短機関銃で古鷹を狙う。
「君たちはこのような世界においてどう生きるのか。どう生き残るのか」
遮蔽物に潜んだ古鷹がそう語る。
彼が構えるカラシニコフに装着された口径40ミリグレネードランチャーからグレネード弾が放たれ、機動隊の隊列を吹き飛ばした。
「私とともに来るか、私に狩られるか。君はどうする?」
この拡張現実デバイスの映像は配信されている。
文字通り世界に。
「私は選ばれた人間に同じような力を与えるつもりだ。それは君かもしれない。君がともに狩りに加わるのであれば、私は喜んでそれを歓迎しよう」
古鷹が外に出ると特型警備者という機動隊の装甲車が展開しており、同時に先ほどの機動隊とは明らかに雰囲気の違う部隊が現れる。
警察の特殊部隊──特殊急襲部隊だ。
黒いバラクラバを身に着けて、拡張現実を備えたタクティカルバイザーで顔を隠した彼らが防弾盾と銃を握って進んで来る。
「いよいよ今回の狩りもクライマックスだ。最後の獲物をいただこう」
古鷹は小さな笑いを含めてそう言うと遮蔽物に隠れることもせず、カラシニコフを腰だめに乱射しながら特殊急襲部隊の隊列に向けて進む。
「1班、2班、撃て!」
そのことで特殊急襲部隊が発砲。短機関銃の他に軍用の自動小銃で武装していた特殊急襲部隊の隊員が古鷹に無数の銃弾を叩き込んだ。
はずだった。
「ははっ! 銃が人類を頂点捕食者たらしめていた時代は終わりだ。銃も、火砲も、どんな爆薬も、もはや私を止められない。誰も私を止めることなどできない」
古鷹が歓喜の笑いを漏らし、カラシニコフを捨てた瞬間、その地面に映る影が膨張した。何倍も、何倍もの獣のそれへと膨張した。
不明瞭な雄たけびが聞こえ、周囲の空気が振動する。
「銃という文明の叡智が無力化されたとき、どうやって虚弱な人類が獣に勝利する?」
「射撃を継続! 1班、撃て!」
特殊急襲部隊の隊員たちが狼狽えながらも射撃を加えるが、それが何かしらの効果を及ぼした様子はない。
そして、獣が一瞬で加速して突撃。
一気に映像がズームされて特殊急襲部隊の隊員の最期の姿が映る。喉首を噛みちぎられて絶命する姿が。
「クソ、クソ、クソ!」
「どうして死なない──」
次々に舞い上がる血。飛び散る肉片。響く断末魔の叫び。
獣の唸りが聞こえ、逃げる特殊急襲部隊の隊員や警官を捕まえては惨殺していく。ナイフのように鋭い爪やボディアーマーすらも噛み砕く顎で殺していく。
「た、助け──」
「畜生! この化け物め──」
悲鳴。罵声。雄たけび。
『──撤退だ! 繰り返す、撤退を──』
持ち主が死んだ無線から虚しく声が流れている。
そして、周辺がゆっくりと静まって行き、誰もいなくなった。
「ああ。狩りは終わり。一先ずは、だが」
深い深呼吸の音ともに唸り声が止み、衣擦れの音が響く。
「狩りはこれからも続く。“ワイルドハント”は狩りを始める。お楽しみに」
血塗れの車のサイドミラーに映った古鷹の顔には笑顔だけが浮かんでいた。
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……………………
──黒社会
長い戦争が終わった後の平和に何が待っているのかと言えば、それは行き場をなくした兵士たちによる後悔と苦痛の日々だ。
新宿駅での虐殺を行った男である古鷹は今は戦場となった上海にある貧民窟を訪れていた。そこには人民解放戦線上がりのごろつきたちがいて、戦争が終わった後で行き場をなくした多くの人間たちが不満を渦巻かせていた。
勝者のいない第三次世界大戦という戦争の敗残兵たちだ。
「馬大人。私が知りたいのはこの男がどこにいるかということだけだよ。教えてくれれば何もせずにここを立ち去ろう」
そう落ち着いた口調で古鷹が呼び掛けるのはひとりの中国人の男だ。その白髪の混じったやや肥満気味の男は中国製のブルパップ式自動小銃を握った男たちによって護衛されていた。
この中国人が何者かということを端的に示すのであれば、それは黒社会という言葉で示せるだろう。そう、チャイニーズ・マフィアだ。
敵は容赦なく殺し、裏切り者は古代中国から続く残酷な拷問にかけるということで知られるチャイニーズ・マフィアたちが古鷹の前にいる。
古鷹と彼らチャイニーズ・マフィアは中華料理店で卓を囲んでいた。
「日本人。お前はテロリストなのだろう?」
「今の社会体制に反逆しているという意味でならば、その通りだ。もっとも私はテロリストというよりも、革命家であると考えているがね」
「東トルキスタン解放戦線のクソ野郎どもとも手を結んだ。クソッタレな虐殺者の東トルキスタン解放戦線は我々中国の敵だ」
「愛国心があるにしては、あなたのビジネスは国益に沿っていると思えない」
犯罪者が愛国心を語るのは滑稽だなと古鷹は思っていた。
「いずれにせよ、お前に教えることはない。下手を打って俺たちまでテロリストにされてはかなわないのでな。さあ、失せろ、日本人」
「そうか。残念だよ」
古鷹が苦笑いを浮かべた次の瞬間、彼の右手が正面に座る中国人の男の喉を掻き切った。鮮血が舞いあがり、驚愕の表情を浮かべた男が喉を押さえながら、椅子から転げ落ちて気泡の混じった血を口から流す。
「さて、再び狩りの時間だ。派手にやろう」
拡張現実デバイスが起動し、ネット上に拡張現実デバイスで録画される光景が配信される。
すなわちうろたえるチャイニーズ・マフィアたちが虐殺される光景が。
「撃て、撃て!」
「死ね、日本鬼子!」
自動小銃が火を噴き、けたたましい銃声とともに無数の銃弾が古鷹に向けて叩き込まれようとする。
「既に私は私の力を示した。その上で抵抗するのならば──」
古鷹がいつの間にかチャイニーズ・マフィアの背後に回り込み、そのひとりの背後から首をへし折ると自動小銃を奪い、射撃を開始した。
正確無慈悲な射撃がチャイニーズ・マフィアの頭に2発の銃弾を確実に叩き込んでいき、敵を射殺しては遮蔽物から遮蔽物に飛び込んで移動する。
「RPG!」
ここでチャイニーズ・マフィアのひとりが対戦車ロケットを持ち出し、サーモバリック弾頭のそれを古鷹に向けて放った。
炸裂。
熱と衝撃波が辺りを薙ぎ払い、先ほどまで緊迫感のある会合が開かれていた中華料理店の内装が一気に荒れ果てる。
「やったか!?」
チャイニーズ・マフィアたちは自動小銃や機関銃の銃口を向けたまま、煙に覆われた室内を見張る。何も動くものがないことを祈って彼らはじっと見つめ続けた。
「よし。やった──」
彼らが勝利を確信したとき、再び鮮血が舞った。
「まだまだこれからだよ、諸君。派手に暴れようじゃあないか」
古鷹は何事もなかったかのように煙の中から姿を見せ、椅子や机をバリケードにしているチャイニーズ・マフィアたちに手榴弾を放り投げた。
爆発が連続して生じ、それによって鉄片がまき散らされてはチャイニーズ・マフィアたちをバラバラに引き裂く。
「クソ! 化け物だ!」
「ぐちぐち言ってないで撃て! 殺さないと殺され──」
「またひとりやられたぞ! 畜生!」
生じた混乱からチャイニーズ・マフィアが立ち直って撃ち始めるが、古鷹は捉えられず、また射殺されていく。
「手榴弾!」
今度はチャイニーズ・マフィアが手榴弾を放り投げるが──。
「受け取り拒否だ」
空中でそれをキャッチした古鷹がそれを投げ返す。
「うわ──」
再び生じた爆発でチャイニーズ・マフィアたちはほぼ壊滅した。
「た、助け──」
数名が生き残っていたが、既に戦意を喪失しており、命乞いをしたところを古鷹に額にきっちり2発の銃弾を撃ち込まれた。
「さて。君は幹部だったね」
「ひっ……!」
古鷹が僅かな生き残りのひとりであるチャイニーズ・マフィアの幹部に声をかけ、その幹部が震えあがりながら自動拳銃を古鷹に向けようとする。
「諦めたまえ。そんなものではどうにもならないよ」
「こ、殺さないでくれ……」
「ああ。そこは交渉次第だ。君はこの男を知らないか? 私の友人であり、この中国で消息を絶った。探しているんだ」
古鷹はそう言って幹部の拡張現実デバイスに情報を送信する。
「し、知っている! この男なら知っている!」
「それはよかった。情報をいただけるかな?」
「あ、ああ。これだ」
幹部が拡張現実上の操作で古鷹に情報を送った。
「ふむ。民間軍事会社を抜けた後は犯罪組織の幹部の護衛か。そんな生き方は退屈な人生だろうに」
拡張現実に表示される情報を読みながら、古鷹はそう小さく呟いた。
「情報をありがとう。今後ともよろしく頼むよ」
古鷹はそう言って中華料理店のテナントが入っていた複合ビルを出た。
「てめえ、ここまで好き勝手にやっておいて逃げられるとは思ってないよな?」
ビルの外にはチャイニーズ・マフィアが大軍で待ち構えていた。銃火器で武装したものや重機関銃を荷台に据え付けたテクニカルが古鷹を殺すために集まっていた。
「なるほど。まだまだ殺され足りないというわけだ。では、続きといこう」
古鷹はにやりと笑い、拡張現実での録画を続ける。
鮮血が舞い、悲鳴が響き、銃声が途絶え、大量の死がそこに生じる。
「もう次のコインは入れないのかね? なら、ゲームオーバーだ」
死体の山が積み重なるビルの前で古鷹は愉快そうにそう告げる。
「さて、懐かしい我々の友人に会いに行かなければ」
古鷹はそう言い、住民が逃げ出した貧民窟を出ていく。
彼はそのまま上海を出ると、情報に従ってマカオを目指したのだった。
分裂した中国のひとかけらであるマカオに彼の友人がいる。
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