入れ替わり
「恥ずかしいから…あまり私の身体をジロジロ見ないでね?」
「あっ…はい…ごめんなさい」
どうやら僕が美花ちゃんの身体を凝視していた事が,目の前の美花ちゃんにバレていたようだ。
でも仕方ないよね? 健全な男子校生なんだからさ? 好きな子の身体になっていたら,ガン見しちゃうよ。
なんて心の中で言い訳しつつも,美花ちゃんに嫌われたくなかった僕は,頭を下げて素直に謝罪する。
…だが,それがいけなかった。
『おおっ! おっぱいが揺れた!!』
何時もの癖で何も考えずに頭を下げると,それに釣られるようにベビードールだけを纏った胸の風船が揺れ動く。
それは,男では決して味わう事の出来ない不思議な感覚で…。
だけど,それが胸についた豊満な乳房…おっぱいである事は,初めての僕でもハッキリと分かる。
男子校生の妄想舐めんなよw
「………」
「あっ…いやいや! 変な事は何も考えてないから! 本当!」
すぐにでも自分の胸についた膨らみを確認したい!
けど,そんな僕の気持ちを払拭するくらい冷たくて痛い視線を美花ちゃんから感じ取る。
その視線を浴びつつ,視線の方角に恐る恐る視線を向けると…案の定,美花ちゃんがジト目で此方を見ていた。
「龍くんも被害者だから仕方ないけど…変な事しないでよ?」
「…はい」
とは言え,同じ境遇という事もあってか? 美花ちゃんはそれ以上の注意をして来なかった。
そんな事よりも,本人は気付いていないかもしれないが,美花ちゃんが僕を名前で呼んでくれるのが嬉しくて嬉しくて。
完全に上の空の僕を他所に,美花ちゃんの怒りの矛先は“入れ替わり”現象の主犯に向けられる。
「取り敢えずスマホのロック解除してくれる? 連絡いれるから…」
そう言って,美花ちゃんは自分のスマホを僕の前に差し出し,ロックを解除するように言う。
喜怒哀楽を表に出す美嬉ちゃんとは異なり,美花ちゃんの表情は分かりづらい。
そんな美花ちゃんの笑顔の奥にある憤りを察知した僕は,美花ちゃんに言われるがままスマホを受け取り,ロックを解除してスマホを返す。
『うん…姫路さんご愁傷様』
笑顔のまま姫路さんに連絡を入れているのを他所に,僕は両手を合わせて合掌した。
………
……
…
「もしもし? …美花? …何時だと思っているの?」
「もしもしじゃないわよ! 今すぐ私の家に来なさい!」
「…はぁ? まだ6z――」
「十五分以内に来なさい! じゃないと貴女の黒歴史を翔にバラしちゃうかもしれないわよ?」
「ちょっ…――」
姫路さんの返答を待たず,美花ちゃんは一方的にスマホの電源を切る。
トンデモない事を聞いたような気がするけど,その辺は触れないでおこう。
『六時前かぁ…この時間は未知の世界だ』
まぁ姫路さんの自業自得とは言え,この時間に招集されるのは同情するよ。
そんな事を思いつつ,僕は東の空から登ってくる朝日を窓からボーっと眺めたのだった。
◇
数分後―――
「えっと…じゃあ何? 美嬉が美花で…美花が入皮くんなの?」
息を切らせながら高嶺家へやって来た姫路さんは,美花ちゃんの説明に目を丸くする。
どうやら,姫路さんも“入れ替わる”事は想定外だったようだ。
とは言え,入れ替わってしまったのは事実だし,美花ちゃんの憤りも収まらない。
「貴女は他人事だから良いよね? 私は龍くんに裸を見られるかもしれないのに…」
「いいんじゃないの別に? だってアナタたち相思相あ――「何か言った?」
姫路さんが何かを言い掛けた時に,美花ちゃんは言葉を遮るように言葉を被せる。
そんな殺意満々の美花ちゃんに,姫路さんはゾッとしたような表情で,首が取れるのではないかという速度で思いっきり首を横に振っていた。
とは言え,この光景は日常茶飯事なので,幼馴染や事情を知る者は止めに入る事はない。
『姫路さんって本当に美花ちゃんと美嬉ちゃんを誂うの好きだよね?』
死んでも口には出さないけど,それは誰が見ても姫路さんが高嶺姉妹を誂っているのは一目瞭然だ。
まぁ最後は二人の癇に障って,姫路さんが黙り込むんだけど。
うん…完全に目の前の美嬉ちゃん (肉体)は美花ちゃん (魂)だね。
………
……
…
「しかし…まさか“入れ替わる”なんてね? 私は“恋愛成就”のつもりで3人に“お守り”を渡したつもりなんだけど…」
美花ちゃんに軽く吊るし上げられて観念したのか? 姫路さんが計画していた“策略”を口にする。
それは一見すれば,何の変哲もない言葉のように聞こえる。
だが,彼女の家は由緒正しき呪術を得意とする家系…間違いなくコレもその一種だ。
姫路さんの言葉を聞きつつ,僕は入れ替わった根源である例のモノを視界に入れる。
『成程ね…美花ちゃんと美嬉ちゃんも同じものを貰っていたのか』
それは昨日,翔から「高嶺姉妹の区別がつく」と渡された“指輪”と瓜二つの指輪だった。
それも,美花ちゃんの身体になった僕と,美嬉ちゃんの身体になった美花ちゃんの両方の指に嵌められている状態だ。
それらから察するに,この指輪が諸悪の根源でほぼ間違いない。
問題は,恋愛成就が何故に入れ替わりになったか?だ。
「美奈! 貴女【これを嵌めて好きな相手を強く意識すれば恋が叶うよ】って私と美嬉に指輪を渡してきたよね?」
「そうよ? だから翔に頼んで入皮くんにも指輪を渡して貰ったわ…」
開き直ったのか? 拗ねたのか? は分からないが,姫路さんは美花ちゃんの問い掛けに頬を膨らませた状態で答える。
いやいや! 頬を膨らませたいのは此方だからね? なんで姫路さんが頬を膨らませてんのさ?
まぁそれは泣きっ面に蜂状態になるから,口が裂けても言いませんけど。
「それだけでこうはならないよね? 美奈…貴女本当は入れ替わり現象も知っているんじゃ――」
「知らないわよ! 私はただ【“願いが叶うアイテム”だから入皮くんに渡してね♪】って言っただけよ!」
「なんで貴女がキレてるのよ! キレたいのは私・美嬉・龍の方よっ!」
普段は何を考えているか分からないだけに,こういう時の姫路さんは本当に恐ろしい。
ただ,それ以上に恐ろしいのが美花ちゃんであり,対峙すると確実に姫路さんが借りてきた猫状態と化す。
とは言え,今回ばかりは早朝という事もあってか? 姫路さんは頗る機嫌が悪そうで,普段は絶対にしない反論を美花ちゃんにしている。
『うん…この闘いは長くなりそうだ』
そんな一部始終を,僕は二人が落ち着くまで静観しようと思った。
でもその考えは直ぐに書き換えられる事になる。
◇
「あのぉ~お取込み中に本当に申し上げにくいんですが…」
「…どうかしたの龍?」
急に身体に悪寒が走った僕が恐る恐る手をあげると,睨み合っていた美花ちゃんが優しい表情で此方に視線を向ける。
そして僕の表情を見た瞬間,美花ちゃんは全てを悟ったかのように顔色を蒼褪める。
どうやら,美花ちゃんは僕が何に困っているのかを瞬時に見分けてくれたらしい。
いやぁ~流石は(肉体が)双子なだけあって直ぐに分かるんだね♪ …あれ? 元の肉体だから分かるのか?
まぁそんな事は今は気にしていられないからどうでもいいや。
「ねぇ龍? まさかとは思うんだけど…」
「生理現象なんだから…しっ仕方ないだろ!」
僕は無意識のうちにお腹に手を当て,身体全体を震わせる。
おっぱいも揺れたけど,今は其処に構えるだけの余裕はない!
何故なら,僕は“尿意”に悩まされているのだから。