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始まり

「―――! ―――!」


 誰かが僕の身体を揺らして起こそうとしている。

 だけど,朝が滅法弱くて目覚めが悪い僕は,身体を揺すられたくらいではすぐに覚醒する筈もなく。

 ただ,それでも僕を起こそうとしてくるのが誰かくらいは見当がつく。

 だって,部屋には僕以外には翔しかいないのだから。


「―――! ―――!」

「う~ん…休みの日くらいゆっくり寝かせてよ…むにゃむにゃ…」


 ふかふかのベッドの上で,僕は抱き枕を腕と脚で抱き締めた状態で,身体を揺すってくる人物にそう告げる。

 僕の目覚めが悪い事は幼馴染であれば周知の事実なので,労力を考えたら起こそうとする利点(メリット)はないので,幼馴染や家族なら僕を起こす事自体を諦める。

 まぁ緊急事態なら話は変わってくるだろうが,今日は学校も休みだし,朝が弱い事を自分が一番知っているので朝に大事な用事なんかいれない!

 ただし,美花ちゃんが「大事な話がある」というなら這いずり回ってでも起きるけどw


折角(せっかく)の休みなんだから寝かせてよ…』


 朝に起きる必要がない休日にも関わらず,身体を揺らしてくる手は止まる気配もなく,僕の身体は揺らされ続ける。

 ただ,五感が夢現な所為(せい)か? 身体を揺すってくる人物が何か言っているが,耳に入って来ず。

 それでも,あまりのしつこさに「緊急事態なの?」と思った僕は,朦朧(もうろう)とする意識で重たい(まぶた)を開ける。


「う~ん…どうしたのさ? …何かあった?」

「―――――! ―――――!」


 窓から差し込む眩い光に腕で視界を覆いつつ,僕はボヤける視界で身体を揺すってくる人物の方を見る。

 ただ,視界と脳がまだ寝惚けている事もあり,大まかなシルエットしか確認が出来ない。


『翔? …にしてはなんか小さいような…』


 だが,そのシルエットは明らかに翔よりも体格が小柄で,僕は違和感を覚える。

 今も美花ちゃんや美嬉ちゃんが起こしに来てくれる事はあるが,流石(さすが)に土日祝日までは起こしにきてはくれない。

 無論,姫路さんが起こしにくる事はないし,僕に弟や妹も居なければ両親が起こしに来る事はない。

 では,このシルエットは一体誰なのか?


「一大事よ! いい加減に起きなさい!」


 身体を揺すっていたのが翔だと思い込んでいた僕が,シルエットの違いに混乱していると,徐々(じょじょ)に五感が覚醒していき,身体を揺すっていた人物の声が聞こえる。

 その声は僕の良く知る人物で…ただ,何時(いつ)もと明らかに異なる展開に別の意味で頭に“?”マークが浮かぶ。

 何故(なぜ)なら,その人物がこの時間帯に僕の部屋にいる事自体が激レアだったから。


「…え? み…み…美花ちゃん!?」


 あまりにも唐突な展開に,僕の思考は完全にフリーズする。

 これが平日で学校のある日ならまだしも,今日は学校が休みの休日だ。

 加えて,目覚めが悪い僕を用事もないのに美花ちゃんが起こしにくる利点(メリット)はない。

 でも,目の前には紛れもなく美花ちゃんがおり,僕の身体を揺すって起こそうとしていたのも美花ちゃんだ。




「その反応…もしかしなくても美嬉じゃなくて龍くん?」


 だが,僕を起こしに来た美花ちゃんはどういう訳か? 僕を美嬉ちゃんだと思っていたようだ。

 いやいや! 美花ちゃんと美嬉ちゃんなら兎も角,僕と美嬉ちゃんをどうやったら間違えるのさ?

 一瞬「もしかして美花ちゃん…寝惚けてる?」と脳裏を過ぎるも,僕と違って朝に強い美花ちゃんが寝惚けているとも思えず。

 ただ,其処(そこ)で僕はとんでもないものを目の当たりにしてしまった。


「…って! ななな…なんて恰好しているの美花ちゃん!?」


 五感が覚醒して視界がハッキリすると,僕の目に黒のベビードール姿の美花ちゃんが映る。

 それは美花ちゃんの豊満な乳房を際立たせる形とデザインで,何処(どこ)となくセクシーさも醸し出している。

 うん! 神様ありがとうございます♪ …じゃなくて! 男子高校生には刺激が強すぎです,はい。

 好きな子の無防備な姿を見せられたら,寝起きという事も相まって身体の一部が堅…く?

 其処(そこ)で僕は(ようや)く自分の身体に違和感を覚える。


「えっと…龍くんだよね? 驚かないで聞いて欲しいんだけど…」


 美花ちゃんのセクシーな姿に,息子が反応する前に股間を抑えようとした。

 だが,其処で僕は漸く自分の身体に違和感を覚える。

 なんと,股間にある筈の息子の反応がないのだ。


「…え? 何が一体どうなって――」


 更に其処(そこ)で,僕は自分が発した声が聞きなれた声ではない事,やたらと胸に重みを感じて圧迫感がある事,下着が身体に異様に密着している感覚を覚え。

 そして,トドメを刺すように美花ちゃんが衝撃の事実を僕に言い放つ。


「だから…今の龍くんは私の身体なの!」


 その一言は僕の思考を完全停止させるには十二分すぎる内容で,あまりにも衝撃的すぎる内容に,僕は無意識のうちにベッドから身体を起こして,美花ちゃんへと詰め寄っていた。


「ちょっと待って! 僕が美花ちゃんの身体って事は…美花ちゃんは美嬉ちゃんの身体って事?」

「私だって吃驚(ビックリ)したわよ! 朝起きたら美嬉の身体になっているんだもの!」

「だから僕を美嬉ちゃんだと思ったわけね?」


 (しゃべ)り方や仕草が完全に美花ちゃんだった事もあり,僕は目の前の美花ちゃんが美嬉ちゃんの身体だという事に気付きもしなかった。

 ただ,改めて見てみると美花ちゃんの言葉に嘘偽りはなく…目の前の美花ちゃんは紛れもなく美嬉ちゃんの身体だった。

 どうして美嬉ちゃんの身体だと分かったかというと,それは美嬉ちゃんがずっと前から僕に教えてくれていた事が確認出来たから。


『…あれ? これって最大の好機(チャンス)なのでは♪』


 美花ちゃんの言葉に信憑性が出ると今度は,僕は自分の身体が気になり,視線をゆっくりと下げる。

 すると,美花ちゃんの言う通り白のベビードールに包まれた豊満な乳房が胸にあり,深い谷間を覗き込む…本人でしか見る事の出来ないアングルで豊満な乳房が視界に飛び込んでくる。

 そのあまりの迫力に僕は思わず生唾を飲む。


「…っ!?」

『煩悩滅却! 何を考えているんだ僕は!』


 一瞬「自分の身体なんだから,おっぱいを揉んでも誰にも(とが)められないよな?」と悪魔が(ささや)くも,首を高速で横に振って煩悩を振り払う。

 とは言え,此方(こちら)も思春期真っただ中の男子高校生だ!

 好きな子の身体になっている…手を伸ばせば何時(いつ)でも触れられる距離にある…そんな状態で我慢出来ると思うか?

 まぁ流石(さすが)に美花ちゃんや美嬉ちゃんの前では,身体を探求する事はしないけど。



「…あれ? 僕が美花ちゃんで…美花ちゃんが美嬉ちゃんなら…美嬉ちゃんは――」

「普通じゃない状況だけど普通に考えたらそうなるわよね?」


 思わず自分 (美花ちゃんの身体)の胸をガン見していた僕だったが,ずっと見ていたら歯止めが利かなくなりそうだと抑制し,視線を美花ちゃんに戻す。

 其処(そこ)で自身の肉体から意識を逸らすべく,ふと気になった事を美花ちゃんに訊ねる。

 そうでもしていないと,すぐに美花ちゃんの身体に意識がいってしまいそうだった…それ程までに僕にとってこの状況は天国? (地獄?)だったから。


「…だよね?」


 入れ替わりなんて絵空事…二次元のみの空想…普通に生活していたらまず体験しない出来事。

 そんな入れ替わり現象を,まさか自分が体験する事になるとは。

 しかも,想いを寄せる美花ちゃんの身体になるなんて。

 本来なら慌てふためく処なのだろうけど,教科書通りにテンパる美花ちゃんを他所(よそ)に,この時の僕は美花ちゃんの身体になれた事の嬉しさの方が勝っていた。

 これから大変な事が山の様に雪崩れ込んでくるとも知らずに…。


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