適度な距離
決して実らない想いがある。
簡単に崩れてしまう絆がある。
絶対なんて保障は何処にもない。
それだけ人間関係は複雑で脆いのだ。
◇
僕【入皮 龍】には,幼少期からずっと想い続けている相手がいる。
でも,彼女と僕は幼馴染以上の関係ではなく,僕の一方的な想いだ。
まだ告白はしていないのに既に振られている…どうしてそう言い切れるのか?
それは…
「ねぇ入皮くん? 翔くんと仲良いよね? もしかして翔くんのタイプの女の子も…」
それは,高校に入学した頃に想い人【高嶺 美花】から受けた質問だ。
美花ちゃんとは幼稚園からの幼馴染で,田舎な事もあってか小学校・中学校・高校と一緒だ。
因みに,美花ちゃんが口にした【夜防 翔】も幼馴染で,僕にとっては無二の親友でもある。
そう,美花ちゃんの想い人は僕ではなく翔なのだ。
僕と仲良くしてくれるのも,全ては僕の親友である翔に近付く為だったんだ。
その時は,どうやって言葉を返したか覚えていないが,心にポッカリと穴が空いた感覚はハッキリと覚えている。
まさか,好きな子の好きな相手が親友という漫画みたいな展開に,僕はやり場のない感情に苛まれた。
◇
「龍…まだ高嶺に告白してないの?」
美花ちゃんに事実上「ごめんなさい」と突きつけられた日の放課後。
僕の気持ちを知ってか? 知らずか? 机に突っ伏す僕に,翔が声を掛けてきた。
いや,翔は背中を預けられる数少ない親友だし,戯れるのは愉しいし,嬉しいよ?
だけど…今はなんというか複雑な気分なんだ。
しかも,翔は僕の気持ちを知っていて,僕と美花ちゃんを恋人同士にさせようとあの手この手で援護してくれる。
今までも翔の思惑で,僕と美花ちゃんが何度も接近してきたけど,恋は実らず。
そりゃあそうだよね…だって美花ちゃんは翔が好きなんだから。
「翔…やっぱり美花ちゃんの好きな相手は僕じゃないよ」
「いや! 間違いなく高嶺は龍に気がある! 俺の目を信じろ♪」
何を根拠に断言するのかは分からない…けど,確かに翔の人を見る目に狂いはない。
親友だからという忖度ではない! 現に,その目利きで危機的状況を何度も助けてもらったのだから。
でも…僕は目を輝かせながら翔の事を聞いてくる美花ちゃんを見てしまった。
百聞は一見に如かずという諺の通り,流石に今回ばかりは翔よりも当事者である美花ちゃんの方が正しい。
しかも,僕の事はずっと名字なのに翔の事は名前呼び…其処もショックだった。
とは言え,翔が女子から好意を持たれるのは当然と言えば当然かもしれない。
何もかもが平均で取り柄のない僕と,運動も勉強も出来て気が利いて誰にでも優しく接しられる翔。
僕と翔が親友というだけでも奇跡なくらい,僕と翔は住む世界が違っていた。
親友としては鼻が高いけど,恋のライバルとしては相手にしたくない存在だ。
「でも美花ちゃんは翔のこt――」
「龍…お前は知っているだろ? 俺には美奈が居るって…」
「それはそうなんだけど…脈がないと分かった上での告白は……」
僕と翔の間では“隠し事”はない。
だから,翔が誰とどう付き合ったか? とか,僕は知っている。
いや,なんだったら翔の告白までの段取りを立てて,翔の恋を実らせる手助けをしたくらいだ。
まぁその交換条件として,翔が僕の恋を援護してくれるんだけど。
ちなみに,翔の恋人である【姫路 美奈】も幼馴染であり,僕らは幼少期からずっと5人で遊んでいた。
…え? 4人じゃないのかって? まぁそれはすぐに分かると思うから此処では省く。
「本当に龍って高嶺の事になると周りが見えなくなるよな? 普段はあれだけ冷静に分析するってのにさ?」
「だって…僕は本人から直接言われたんだよ! 【翔の好きなタイプは?】って…それってその気がなければ聞かないよね? 未だに名字でしか呼んでくれないし…」
「寧ろ名前で呼べないくらい意識しているって事だろそれ? そういえば高嶺ってツンデレ感あるよな?」
『美花ちゃんがツンデレ? そうなのかなぁ?』
確かに翔の言うように,僕は美花ちゃんの事になると他が見えていないのかもしれない。
恋は盲目という言葉があるように,それは否定出来ない。
けどまぁ,美花ちゃんの事もまともに見られないんだけど(苦笑)
…あれ? じゃあ僕は何処を見ているんだ?
◇
「ねぇ龍ちゃん♪ 一緒に帰ろ?」
「わっ…っとと」
部活がある翔と別れ,帰路を歩いていた僕は背後から抱き付いてくる彼女に気付かなかった。
躊躇なく全力で背中にタックルしてくる辺り…誰か確認しなくても正体は彼女しかいない。
「みっ美嬉ちゃん! 危ないから背中に抱き付いてくるの止めてって何時も言ってるよね?」
「ゴメンゴメンw 龍ちゃんが何か元気なさそうだったから…」
そう言って笑顔で謝ってくるのは,僕の予想通りの相手だった。
【高嶺 美嬉】…美花ちゃんと瓜二つの双子の妹で,幼馴染である僕・翔・姫路さんでも間違える事があるくらいそっくりだ。
普段は,見分けが付くようにポニーテール(美花ちゃん)とツインテール(美嬉ちゃん)にしてもらっている。
ただ,喋り方や態度以外でも彼女らを見分ける方法が無い事もないのだが…本気で互いを演じられたら流石に分からない。
…あれ? もしかして,翔の事を聞いてきたのって美花ちゃんじゃなくて美嬉ちゃん?
なんて,都合の良い事を考えてしまうくらい美花ちゃんと美嬉ちゃんを見分けるのは至難の業だ。
「いやいや! 元気がない人間に飛び掛かってくるのは余計にマズいでしょ?」
「いやぁ~龍ちゃんならボクの事を受け止めてくれるって信じてるからw」
「何その僕に対する全幅の信頼っ!?」
いや,好きな子の妹に信頼してもらえるのは凄く嬉しいよ?
周りから攻めていくのも時には恋愛に必要だし,美嬉ちゃんを味方につければ美花ちゃんも振り向いてくれるかもしれない。
でも…恐らくというか絶対,美嬉ちゃんは僕と美花ちゃんの恋路の補助はしてくれない。
何故なら,美嬉ちゃんは僕の事が好きだから。
いや,自惚れてなんかいないから!? 説明しなくてもすぐにその答えは…
「ねぇ龍くん? …なんで姉貴なの? どうしてボクじゃ駄目なの?」
「………」
「龍くんが望むなら姉貴みたいにお淑やかになるし…おっぱいだってサイズや形だって姉貴と一緒なんだよ? なのに…」
背中に柔らかいものを押し付けながら美嬉ちゃんは僕に抱き付き,訴えるように感情を僕にぶつけてくる。
とは言え,今日が初めてではなく,僕が美花ちゃんに想いを寄せていると美嬉ちゃんが気付いた幼少期からずっとだ。
小学生の頃はまだ良かった…けど,高学年になって美嬉ちゃんが成長期になってからは正直,我慢するのに必死だった。
毎日の如く抱き付かれた事で,美嬉ちゃんの胸の成長も嫌という程に分かってしまう。
だけど,それに反応してしまったら「容姿が瓜二つなら双子の片割れで良いのか?」と蔑まれかねない。
今でこそ平然を装えるけど,思春期の頃は本気で大変だった。
「気持ちは嬉しいけど…ごめん」
「いいよ別に…今は無理でも絶対に振り向かせてやるんだから♪」
僕が謝ると美嬉ちゃんは背中から離れて,僕に笑みを浮かべて言い放つ。
でも僕は知っている…彼女が無理して笑っている事を。
………
……
…
「…あれ? 今日は美花ちゃんと一緒じゃないの?」
其処で僕はふと不思議に思った事を呟く。
どの部活にも所属していない高嶺姉妹は,何時も一緒に帰宅している。
だけど,今日は美嬉ちゃんだけで美花ちゃんの姿は見当たらず。