雨上がりの空に
「…雨、止まないのかなぁ」
不安そうに空を見つめるサクラが呟いた。
「大丈夫だよ、すぐ止むよ」
サクラは、テントから小さな右の手のひらを差し出した。指先に無数の滴が零れ落ちる。
「…すっごい降ってる」
「ただの夕立だよ、リンゴ飴食べる?」
「…いらない」
サクラは、濡れてしまった手のひらを浴衣で乱暴に拭いた。
「汚れちゃうよ」
「…もう着ないからいいもん」
サクラは、そのまましゃがみ込んでしまった。俯いてしまって表情は見えない。けれど、がっかりしていることなんて、この姿を見れば誰だって分かる。私は、空を見上げる。さっきまでの綺麗な夜空が嘘みたいに、真っ黒な雲が覆い尽くしている。テレビで流れていた天気予報を食い入るように、観ていたサクラの後ろ姿が目に浮かぶ。キャスターが今日は一日晴れと言った瞬間に、振り向いて笑ったサクラの顔。あの時は、私まで胸が高鳴った。手を繋いで向かった祭り会場で、サクラは楽しそうに笑い続けた。手を引いて握ってくる度に、サクラの嬉しそうな体温が私に伝わってきた。
屋台でリンゴ飴を買ったとき、突然強い雨が降り始めた。慌てて屋根のある場所にサクラの手を引くと、サクラはもう握り返してこなかった。
降り続ける雨の中、大人たちが屋台にビニールシートを被せている。道端には、水溜まりも出来始めた。
サクラが地面に何か描いている。一緒にしゃがみ込む。
「…ママがね」
サクラが声を絞り出す。
「私は雨女だって。遠足とか運動会とか必ず雨が降るって。産まれたときも雨が降ってたって。だから、雨女だって。」
サクラは、地面に傘の絵を何個も描いていた。
「雨なんて私嫌い。ずっと晴れてて欲しい。」
自分で描いた傘をサクラは、全部、消した。
「そうなんだ。私は好きだよ。雨。」
驚いた表情で私の顔をサクラが見つめる。
「なんで?」
「傘の中で聴く雨の音とか、街灯が雨をキラキラ照らしてんのとかすっごい綺麗だし、神秘的。それにさ、止んだ後って街が水に濡れて輝いてるじゃん。たぶんだけど、私たちのために街を掃除してくれたんだよ。」
「おそうじ?」
「うん。汚いもの全部洗い流してくれるんだよ。それは太陽には出来ないことだよ。」
「…そうかなぁ」
「あと、もう一つ好きなところがあるよ」
「なに?」
私は立ち上がって、屋根の外に出る。
「必ず、止むところ。」
雨雲は、いつの間にか遠くのほうに移動していた。屋台のビニールシートが剥がされる。
私を見つめていたサクラの表情がぱっと明るくなる。
その時、遠くから音がした。
「花火だ!」
サクラが飛び出して、夜空を彩る花火を見上げる。サクラの横には小さな水溜まりがあった。
水面が、輝く花火と笑っているサクラの表情をキラキラと映し出していた。