シンデレラと皇太子の中身が入れ替わって下剋上よ!
シンデレラ。それは幼い頃、聞いたころがある物語の一つ。けど、このお話は少し違う。
このシンデレラは野心が強かったのです――――――
とある城下町にシンデレラという名の娘がいた。実母を亡くし、寂しくしているところに父が再婚。後妻とその娘が屋敷にやってきた。
多忙の父は屋敷にほとんど戻らず。シンデレラは継母と義理の姉から使用人のように扱われる日々。
「シンデレラ! 窓に埃がついているわよ!」
「はい、お義母さま」
「暖炉に灰が溜まっているわ! 早くかきだしなさい!」
「はい、お義姉さま」
テキパキと家の掃除をこなしていくシンデレラは、義姉の部屋の暖炉の灰をかきだしながら呟いた。
「弱みの一つでもって思って掃除をしているけど、あるのはベッドの下のマニアックな薄い本だけなんて。義母なんて自作のくっさいポエムだけだし。裏帳簿とか、くすねた宝石の一つとかないのかしら。しけてるわ」
義母と義姉の部屋をしっかり掃除したシンデレラは、ポエムと薄い本を机の上に並べて仕事を終えた。
その夜、義母と義姉の阿鼻叫喚にも似た悲鳴が響き渡り、近所から五月蠅いとクレームが入った。
翌日。顔を真っ赤にしてプルプルと小刻みに震えながら義母と義姉がシンデレラを呼んだ。
「シンデレラ! 今夜はお城の舞踏会に行ってくるから、屋敷中をピカピカに掃除しておきなさい!」
「わかりました、お義母さま」
「余計なことはしないでよ!」
「わかりました、お義姉さま」
ドレスを着た義母と義姉はそそくさとお城へ。
残されたシンデレラは頬に手をあてた。
「舞踏会なんて成り上がりのチャンスの塊なのに、不参加なんて考えられないわ。どうやって参加しようかしら」
はぁ……と悩ましげなため息をこぼすシンデレラ。すると、一陣の風とともに、とんがり帽子を被った魔女が現れた。
「シンデレラ。お城の舞踏会に行きたいのかい?」
普通ならいきなり魔女が登場したら驚くところ。でも、野心溢れるシンデレラはチャンスとばかりに訴えた。
「えぇ。でも、ドレスも馬車もないからお城に行けなくて困っています」
「ならば、魔法で揃えてあげよう」
魔女が杖を一振り。それだけでシンデレラの服はドレスになり、足にはガラスの靴。目の前には大きな馬車が出てきた。
「やった!」
ガッツポーズをするシンデレラに魔女が説明をする。
「この魔法は十二時になったら解けるからね。それまでに戻るんだよ」
「わかりました。このお代は、いつか必ずお返しします」
「別にそこは気にしなくていいよ」
「ダメです。タダより高い物はありません。対価には対価を。でないと、後で大変なことになります」
シンデレラの力説に魔女が顔を引きつらせて頷く。
「あんたみたいな子は初めてだよ。わかった。気長に待つとしよう」
「利子は低めで待っていただけると助かります」
「どこまでもしっかりしてるね。わかったから、さっさと行っておいで」
こうしてシンデレラはお城の舞踏会へ。
その頃、お城では――――――
舞踏会で楽しげにダンスをする人々を、一段高い場所にある椅子に座った皇太子が悩ましげに眺めていた。
今回の舞踏会は皇太子の妃選びも兼ねており、参加者から臣下まで見えない緊張感に包まれている。そのうち、しびれを切らしたように臣下の一人が皇太子に声をかけた。
「皇太子殿下、気になる方はおりましたでしょうか?」
「……この中にいると思うか?」
ざっと周囲を確認した臣下が苦笑いを浮かべる。
「見ただけでは分かりませんから。皇太子殿下、自らがお話になるべきかと」
「なら、そう命令してくれ」
「皇太子殿下に命令などできません」
きっぱり否定され落ち込みながらも、ゾクゾクという快感に皇太子殿下の顔が緩む。
「あぁ……誰か私にキツく命令をしてくれる理想の女性はいないか……」
皇太子殿下の呟きに臣下たちが一斉に目線をそらし、聞かなかったことにする。
(このドM趣味さえなければ有能で優秀な皇太子なのに)
全員が心の中でため息を吐く。今回の舞踏会も収穫はなしか、と諦めムードが漂い始めた時、それは起きた。
会場で踊っていた人々がざわめき、自然と引いて道ができる。その中心を少女が歩いてきた。
太陽のように輝く金髪を結い上げ、海のように青い大きな瞳を煌めかせ、水色のドレスの裾を揺らしながら進む。
神々しいまでの姿に周囲から感嘆のため息が零れる。
皇太子も例外ではなかったようで、硬直したように見惚れた。その様子に臣下が希望を持つ。
(妃候補が現れた!)
歓喜の雰囲気となり、空気が盛り上がる。しかし、皇太子から出た言葉は……
「なんて素敵な人なんだ。命令されたい。声をかけてくれないだろうか」
臣下たちは絶望した。女性たちは皇太子から話かけられること待つのが当然であるため、自分から声をかけることはない。ましてや命令なんて、ありえない。
(やはり、今回も……)
再び諦めムードが漂う。しかし、臣下たちの予想を裏切って少女はズンズンと進んでくる。勢いと気迫を背負ったまま少女が皇太子の前に立った。
椅子に座った皇太子を見下ろしたまま少女が無言で右手を出す。その態度に臣下たちが怒鳴った。
「無礼だぞ!」
「近衛兵! こいつをつまみ出せ!」
騒然とする会場。そこに皇太子の声が響いた。
「このままでよい!」
鋭い声に全員の視線が皇太子に集まる。そして、人々はまさかの光景に息を呑んだ。
恍惚な表情で差し出された少女の手をとる皇太子。その様子に満足そうな笑みを浮かべる少女。二人は無言のまま会場の真ん中へ移動してダンスを始めた。
長年連れ添ったパートナーのように踊る二人。その様子に羨望の眼差しが集まる。
皇太子が踊りながら少女に訊ねた。
「名は?」
「人に名を聞く時は自分から名乗りなさい、と教わりませんでしたか?」
見下すような冷えた少女の声。皇太子がうっとりと表情を崩す。
「これは、失礼した。プリンス・チャームだ」
「シンデレラと申します」
「シンデレラ……良き名だ」
「灰被りが良き名ですか」
視線を鋭くするシンデレラに皇太子の顔がますます崩れる。
「あぁ。灰被りに捨てられる灰になりたい」
「では、そのようにしましょう」
シンデレラが突然、手を離した。そのまま出口へと走る。
「なっ!? 待ってくれ!」
12時になろうとしている時計を横目にシンデレラが階段に足を踏み出した。
「待っ……うわっ!」
皇太子がバランスを崩し、シンデレラとともに階段を転がり落ちる。
「いたた……」
二人は顔をあげた。そして、叫んだ。
「「私がいるっ!?」」
お互いを指さして口をパクパクさせる。
ゴーン、ゴーン……と時間を知らせる鐘が響き、シンデレラのドレスがボロボロの服に戻った。
「はっ!? な、何が起きているんだ!?」
パニックになっているシンデレラに皇太子が早口で言った。
「いいですか? これから城下町にある赤い屋根の屋敷に行ってください。その屋敷の一番奥にある倉庫のような部屋があなたの部屋です」
「え? 赤い屋根? 倉庫?」
理解できない様子のシンデレラ。階上から臣下たちの声が響く。
「皇太子殿下! ご無事ですか!?」
応えようとしたシンデレラの両肩に皇太子が手を置く。
「今日から、あなたがシンデレラよ。行きなさい!」
「はい!」
ほぼ反射で返事をしたシンデレラはガラスの靴を残して城下町へと走った。
なんの因果か階段から転げ落ちた時に入れ替わったシンデレラと皇太子。
皇太子となったシンデレラは思わぬ成果にホクホクしていた……のは最初だけだった。
「私に政治を聞かれても分からないんだから! 皇太子殿下の顔を見た時に、マゾそうだなぁと思って対応したら、上手くいったのに! これじゃあ、あのままの方が良かったわ。こうなったら……」
皇太子姿のシンデレラはガラスの靴を持って臣下とともに城下町へ繰り出した。
赤い屋根の屋敷の前で皇太子一行の馬車が停車する。何事かとシンデレラの義母が飛び出してきた。
「皇太子殿下! どうされましたか!?」
臣下がガラスの靴を出して説明をする。
「この前の舞踏会で、このガラスの靴を落とされた女性を探しております」
シンデレラの義母が嬉しそうに手を叩く。
「それなら、ピッタリの娘がおります!」
その様子に皇太子姿のシンデレラは義姉が出てくると思っていた。しかし、出てきたのは……
「お義母さま、お止めください。私はガラスの靴など知りません」
「つべこべ言わずに、出てきなさい!」
「あぁ……もっとキツく言ってください、お義母さまぁぁぁ」
頬を赤らめ、恍惚の表情で懇願するシンデレラの姿をした皇太子。その光景に臣下たちが既視感を感じる。
皇太子の姿をしたシンデレラが臣下に顎で指示を出す。それだけで臣下はシンデレラ姿の皇太子殿下を馬車に押し込んだ。
義母の前に皇太子姿のシンデレラが立つ。
「すんなりと出していただき、ありがとうございました。お礼に、あなたの自作のポエムと、あなたの娘の薄い本を新聞社に売り込むのは止めます」
思わぬ言葉に義母の顔が真っ赤になった後、真っ青になった。
「えっ!? な、何故!? どうして、そのことを知って!?」
「捨てても無駄ですよ。ポエムと薄い本は複写して秘密の場所に保管していますから。では、失礼します」
「ちょっ、待っ!? 皇太子殿下!?」
義母の悲痛な声を残して馬車は城へと戻った。
城に戻った皇太子姿のシンデレラは大きなため息を吐いた。
「あの時の魔法使いにお代を払いたいのだけど……姿を見せないなら、手配書を国中に配るしかありませんね」
そう言いながら魔女の似顔絵と指名手配を書かれた紙をピラピラさせる。すると一陣の風が吹いた。
「止めんか!」
「お久しぶりです」
魔女は皇太子姿のシンデレラを見て平然と言った。
「おや、まあ。ちょっと見ない間にずいぶんと男前になったね」
「いろいろありまして。お代は奮発しますので、戻してもらえませんか?」
「奮発する必要はないよ。対価は多すぎてもいけないからね」
皇太子姿のシンデレラはシンデレラ姿の皇太子に声をかけた。
「定価で良いそうなので支払いお願いしますね」
シンデレラ姿の皇太子が拗ねたように顔をそらす。
「……いやだ」
「何故です?」
「この姿なら、みんな命令をする。戻ったら誰も命令をしなくなる」
その言い分に皇太子姿のシンデレラは肩をすくめた。それからシンデレラ姿の皇太子に詰め寄り、顎に手を添える。
「な、なんだ?」
戸惑うシンデレラ姿の皇太子に皇太子姿のシンデレラが口角をあげた。
「私が命令をしましょう。望む命令をいくらでも。ですから、戻りますよ。いや、戻れ」
氷のような声に刃のように鋭い瞳。シンデレラ姿の皇太子の全身が震え、腰が砕ける。膝から崩れ落ちそうになったシンデレラ姿の皇太子を皇太子姿のシンデレラが支えた。
「は、はひぃぃぃ」
こうしてシンデレラと皇太子は元の姿に戻り、シンデレラは元の生活に……戻ることはなかった。
その後、シンデレラは皇太子殿下と結婚。しばらくして皇太子は王となった。
王の膝に座っているシンデレラが呟く。
「国のトップになりたいっていう野心はあったけど、何かが違う気がします」
「王の私に命令できるのは、あなただけだ。つまりトップということだろ?」
「そうですけど、こういうことじゃない気もします」
「そうか? 私は満足だ」
王の幸せそうな笑顔にシンデレラも笑みがこぼれる。
「仕方ないですね。これで我慢しましょう」
こうして二人は片時も離れることなく、政治の会議も王が膝に王妃をのせて参加するほど。国民からバカップルと言われた二人だが、国は繁栄したという。