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転生彼女の付き合い方  作者: 凪司工房
転生6
38/49

1

 目を開けようとするが目蓋が酷く重い。


「どうしたの、信永」


 耳慣れた未央の声だ。


「何だか酷い夢を見ていたようなんだ」

「どんな夢よ?」

「ある日、俺の目の前に異世界から来たという金髪のお姫様が現れて、俺がこの世界の人間じゃなく、異世界から来たとか言い出してさ、挙句の果てには殺しても死なないとか、自分の思い通りの世界を作れるだとか、そんなことを言い出すんだ。これが悪夢でなくて何だと言うんだ?」

「信永が異世界とか言うの、夢の話にしても珍しいね」

「そうだろう? 俺も流石に参ったよ。自分の頭がどうかなったのかと思った」

「ところで、そろそろ起きない? 朝だし」

「ああ、そうだな」


 少し頭がはっきりとしてきた。白い(もや)が徐々に晴れていく感じだ。俺はその靄が薄れるにつれ、目蓋が徐々に開いていくのが分かった。

 眩しい。

 カーテンが開け放たれていた。

 いや、違う。そこにはカーテンなんてものは存在していなかった。見渡す限り、何もない。ただ俺が横になっているベッドと見慣れた部屋のカーペット、それに未央が肘を突いているテーブルだけがあった。


「どうしたのよ信永」

「なあ、ここ……どこだ?」

「どこって、わたしに聞いても知らないわよ。信永が作ったんじゃない」

「え? 俺が、作った?」

「そうよ。小さい頃からいつだって、わたしに何かあると信永が作ってくれたじゃない。誰もいない、恐いものは何も存在しない、わたしと信永だけの世界」


 そうだ。そういえばそんな夢を小さい頃はよく見ていた。


「じゃあ、ここは今、夢なんだな」

「たぶん、そうなんじゃない? だから安心して休めばいいよ。信永、最近疲れてたでしょ?」

「ああ、そうだな」


 何だろう。体を起こそうとするのだけれど腕も足も重くて持ち上がらない。未央はテーブルの上でクッキーを食べながら漫画を読んでいる。何の変哲もないクッキーだ。透明なガラスボウルに開けてあり、シナモンの香りが薄っすらと漂う。その脇には細長いグラスに茶色い液体が入っていた。俺は手を伸ばし、そのグラスを一つ、取る。


「あ、麦茶か。うまい」


 喉を通り、体の奥まで広がる微かに香ばしい液体は、よく母親が作ってくれた。特別なことはしていない、ただの紙パックの麦茶らしいが、小さい頃からずっとそれで慣らされてきたからか、暑くなってくると冷蔵庫に常備されていて、俺はそれが好きだった。


「これは、未央が?」


 クッキーを一枚手に取る。


「な訳ないでしょ」

「じゃあ買ってきたのか?」

「手作りよ、手作り。何も覚えてないの? ほら、あの人が作ってくれたのよ」

「あの人って、誰だよ」


 うちの母親は確かに料理は得意だったが、あまりお菓子は作りたがらない。作るとしてももっと手の込んだものが多いから、こんなシンプルなものは決して出さないだろう。


「ほら、あの人よ。つい先日まで同棲してた……なんだっけ、名前。何とか国のお姫様」

「蘇芳、エルザ……」

「あー、そうそう。蘇芳さん」


 何故その名前が出るんだ。彼女は夢の中の人物のはずだ。それに先日まで同棲していた、と未央が言った。

 思い出せない。


「美味しいよ? 信永も食べなよ」

「ああ、そうだな」


 クッキーは誰が作ろうと同じクッキーだ。美味しいか、不味いか。甘いか、しょっぱいか。固いか、柔らかいか。そういう差があるだけだ。

 俺はごちゃごちゃになりそうな思考を一旦投げ捨て、手にした何の変哲もないクッキーを齧る。口の中には甘みと塩味が広がり、シナモンの香りが抜けた。


「うまいな」

「そうでしょ? 蘇芳さん、料理どころか自分でお湯も沸かしたことないって言ってたけど、結構筋は良かったから、ちゃんとやれば料理できるようになると思うよ。惜しかったね。未来のお嫁さん候補一人減っちゃって」

「ああ、そうだな」


 ぼんやりとした思考は何一つ自分の意思が入っていない相槌を返す。俺はただそのクッキーを一枚、もう一枚と口に入れ、味わった。


「そういえばさ、信永。蘇芳さんといつも一緒にいた子、覚えてる?」

「ビルギットか?」

「うん、確かそんな名前。あの子、どこいったんだろうね」

「そりゃあ蘇芳さんについていったんじゃないのか?」


 何だろう。違和感だ。噛み締めた時に歯の間をジャリジャリとする感覚が気持ち悪い。そういう違和感が俺の中にもたげ始めた。


「なあ未央」

「ん?」

「ここ、夢なんだよな?」

「そうじゃない? わたしは知らないわよ」

「なあ、俺の顔、殴ってみてくれないか」

「めんどくさいなあ」


 そう言いつつも、未央は思い切りグーパンチで俺の鼻の頭を殴りつける。


「痛いな」

「そりゃあそうでしょ」

「でも夢なんだろ?」

「だから、わたしは知らないって」

「夢じゃなかったら、ここはどこなんだよ?」


 未央は読んでいた漫画を畳むと、テーブルに置いて立ち上がり、ため息をついてから俺に目を向けた。


「信永はいつも考え過ぎなのよ。ここが夢だって受け入れたら、夢で済むのに、そうやって疑い始めると夢っぽかったものが夢じゃなくなるじゃない? 何のためにここがあると思ってるの? 疲れた心身を休ませる為でしょ? 小さい頃によくわたしが泣いてたら作ってくれたじゃない。そして言ってくれたじゃない? 余計なものなんて何もない世界で、少し休めばいいって。そうしてる間に嫌だったものとか、自分を攻撃するものとか、暗くなっちゃう考えとか、そういうのも全部消えて綺麗になるから、そしたらまた元のように笑って生きていけるって」


 どうしてそんな悲しそうな顔をしているんだろう、未央は。俺は別に辛くも悲しくも苦しくもない。寧ろ晴れ晴れとして、いや、心の中が空洞だ。空っぽだ。何もない。何も。

 俺は着ていたシャツのボタンを外し、左右に思い切り広げた。そこにはあるはずの俺の肉体がなかった。真っ黒な闇が渦巻いて、覗き込むとどこまでも吸い込まれそうだ。


「何だよこれ……何なんだよ!」


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