表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

泰香の冒険 - 取り敢えず、一通りの操作は覚えました

 泰香は、小説教室の先生から何枚かの写真を渡された。

「これらの写真を使って、短編を一つ書きなさい」

家に帰った泰香は、テーブルの上に写真を並べ、それらを凝視めた。いつものように、睡魔が泰香を襲った。


 --


 青空の半分くらいを白い入道雲が覆っていたが、見渡す限り真っ直ぐの道路は眩しく光っていた。アスファルトから立ち上る熱気が陽炎を作っていた。


 泰香は道路沿いに立って、ヒッチハイクを試みていた。路傍にリュックを置き、ジーンズにデザートブーツ、Tシャツの上にデニムのジャケットを着ていた。サングラスとテンガロンハットが様になっていた。テンガロンハットからショートヘアの黒髪がのぞいていた。古い乗用車とピックアップトラックが二台連なってこちらの方に向かって走ってくる。泰香は右手の親指を上に向けて道路に突き出し、ラスベガスと書かれた段ボールの切れ端を持った左手を頭の上に掲げた。



 ここはネバダ州とカリフォルニア州との州境に近いアリゾナ州の砂漠の中の小さな町。泰香は植物学者で、パートナーの植物学者と一緒に、三つの州に跨がるモハーベ自然保護区の植生調査に来ていたのだが、ちょっとしたことでその男と喧嘩になり、彼女は置き去りにされてしまった。昨日の晩はこの町に一軒しかないモーテルに泊まった。他の宿泊施設--宿泊施設と呼べるかどうか微妙だが--はオートキャンプ場しかなく、そこには見るからにやばそうな男達、ゲイかドラッグパーティ目的の男達しかいなかったので、仕方なくそのモーテルに泊まることにしたのだ。


 チェックインの時に、髭もじゃで大柄の灰色熊みたいなモーテルの主人にこの町に長距離バスは来ているかと訊ねた。髭もじゃ熊男は泰香の身体を舐め回すように見ながら、若い女を見るのは久しぶりだ、この町から他の町へ行くにはヒッチハイクかレンタカーしかない、俺と寝たらベガスまで送ってやっても良いぞと言った。泰香は、砂漠のサボテンでも抱いて寝てろと言って部屋に入った。夜遅くに、宿の主人は二度も泰香の部屋の外に来てドアをノックした。大きな声で満足させてやるぞと叫んでいた。泰香は、部屋の二つある鍵だけでなく、内側からかん抜きもかけて、部屋の中からドアを押さえるように椅子も置いた。そして頭から毛布を被って眠った。


 翌日、泰香は朝早くにモーテルをチェックアウトし、近くのハイウェイ沿いに立ってヒッチハイクを始めた。陽が高くなると暑くて外には居られない。早い時間帯に良い車を見つけたかった。老人か女性の運転する乗用車が理想的だ。泰香は目を凝らしてヒッチハイクに適した車を探した。


 既に三台断られていた。一台目は老婦人の運転する車で、これから隣町の教会に行くのだと言って走り去った。次の車は家族で買い物に行く途中だから駄目だと言われた。三台目は近くの農場に行く途中のピックアップだった。運転していた老人は泰香をじろじろ見て、無言のまま走り去った。ラスベガスまで送ってくれそうな車は現れなかった。



 乗用車は素通りしていったが、赤いフォードのピックアップが停まってくれた。卑猥な笑みを浮かべた赤ら顔の男が運転していた。泰香は躊躇したが、これ以上陽が高くなると、ヒッチハイクどころではない。思い切ってその男に、ラスベガスまで行かないかと訊ねた。男は、自分はラスベガスのサーカスで働いているので、乗せて行くよと言った。泰香は、ありがとうと言って助手席に乗った。男と泰香を乗せた車はグレート・ベイズン・ハイウェイを北に向かって走り出した。


 男はサーカスのアクロバット俳優だと言った。都会の生活が肌に合わないので、わざわざ百マイル以上も離れたアリゾナの町に住んで、そこから毎日、片道二時間近くかけて通っているのだと言った。泰香は植物学者で、ネバダ州自然保護局の委託調査でモハーベ一帯を回っているのだが、手違いがあって迷子になってしまったのだと説明した。男はこんな砂漠の中で迷子になったら干涸びるかサソリに食われるかの何れかで危険だと言った。泰香は、昨日の晩はモーテルで髭もじゃの熊に襲われそうになった、もっと危険だったと言った。男は笑った。確かに此処は人間の方が危険かもしれない。それにしても女一人でよくヒッチハイクしたもんだ。


 男は泰香に、ラスベガスに住んでいるのかと聞いた。泰香は、自分はカリフォルニア大学に所属する研究員で、調査期間中はラスベガスのホテルが宿舎になっているが自分のフラットは大学の近くにある、そして実家は東京なのだと言った。男はそれは随分と遠くから来ましたねと言い、自分も北極圏の田舎町から来たので同じようなもんですが、と続けた。


 車は山間部の峡谷に差し掛かった。男は、自分は毎日レイク・ミードで三十分ほど秘密のトレーニングをしてからベガスに向かうので、その間は近くのレストランででも暇をつぶして欲しいと言った。レイク・ミードは、フーバーダムによって出来た大きな人造湖で、遊覧船やクルーザーも走っている観光地だ。泰香は頷いた。


 車はハイウェイに別れを告げ、細いつづら折れの道に入った。そして、レイク・ミードの畔にある寂れた船着場の駐車場に止まった。男は車を降りると、泰香にレストランはあそこだと湖とは反対側にある建物を指差し、自分は湖の方に続く小径に向かって歩き出した。泰香は、男がどんなトレーニングをするのか興味があったので、こっそり後を付いて行くことにした。


 周りは木が一本もなく、ごつごつした岩場だらけの殺風景なものだった。泰香は男に気づかれないように距離をあけて、岩伝いに隠れながら男の後を追った。誰かが見ていたら、探偵の見習いよりも下手くそな尾行だったと言うだろう。


 男は湖畔に突き出た誰もいない桟橋の先まで歩いて行った。そして裸になって、湖に飛び込んだ。泰香は桟橋のたもとに身を屈めて近づき、湖の水面を覗き込んだ。透明度は高く、水はそれほど冷たくない。泳いだら気持ち良さそうだろうなと思った。


 突然、桟橋の中程あたりの水面から、男が顔を出した。いや、男ではなかった。泰香はそれを見てぎゃーと叫び、そのまま気を失った。


 水面から顔を出したのは、見紛う事なきしろくまだった。


--


 泰香は目が覚めた。テーブルの上に三枚の写真が置かれていた。


 一枚目は一九五〇年代のルート66のモノクロ写真だった。

 二枚目はフーバーダムによって出来た人造湖、レイク・ミードの写真だった。

 三枚目はサーカスの写真で、それには小さな三輪車に器用に乗っているしろくまが写っていた。


泰香は、これは小説教室の宿題だけれども、なろうにも投稿しようと思った。そして急いで書き上げた。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ