『正午を刺す給水塔』
「もともと俺には無理やったんや。恋愛モノなんて、書けるわけないっちゅうねん」
「そもそもなんで恋愛モノを書こうて思たんや」
「作風の幅を広げたくてな。今までは、ほれ、学園モノとファンタジー、あとSF書いてきたやろ。せやからちがうジャンルも書いてみたくなってな」
「で、自分の可能性を試して見事失敗し、自分の可能性を狭めたと。喜劇は一本できたやないか」
「どつくぞ」
「てか、他のジャンルはどないやねん。ミステリーとか、ホラーとかあるやろ」
「俺はガチガチの文系やぞ」
「理数系が特に苦手な奴をガチガチの文系とは言わん」
「とにかく、ミステリーは無理や。数学の才能もないし、理科の才能もない。トリックなんか何一つ思いつかん」
「ミステリーにそういう才能て必要なんか?」
「ミステリ作家の有名どころは理系が多いからな。まあ、ほとんど俺の偏見やけど」
「ホラーは?」
「あかん。俺が怖い。書くんが怖い。書いとる時に、なんかよからぬもんを呼び出しそう」
「お前なあ。アラサーのおっさんが何しょうもないこと言うとんねん」
「グロは耐性あんねん。むしろ得意というか、好きでもある」
「……ああ。そうやったな。その手の薄い本ぎょうさん持っとったな」
「それはそれとして、あの、オバケ系はあかん。これでも俺は超常現象とか神秘体験とか、そういうんは信じとるからな。なまじそういうん信じとるから、へんなリアリティがあんねん」
「で、恋愛モノに挑戦したと」
「まあな。せやけど全然あかん。自分で書いとって、何が書きたいんかがわからんようになってきたんや。これ、ほんまに恋愛モノかいなって、わからんようになってきた」
「恋愛が主題になっとったら、それでええんちゃうか?」
「その恋愛が俺にはわからんのや。そうや。今まで生きてきて、俺は恋愛したことがないんやって、改めて気づかされたんや」
「いやいや。お前も恋ぐらいしとるやろ。三か月ごとに嫁が変わっとった奴が何言うとんねん」
「それ恋愛ちゃうやろ。生きとる人間や。相手は」
「今までの人生振り返ってみて、恋愛対象になった人はおらんのか」
「おらん。そもそも俺は女に嫌われる。女に好かれたことは一度もない」
「だから好きになったことも一度もないと」
「いやな、俺も最初から女が嫌いとか、誰とも恋愛したくないとか、そういうことを言うとるわけやないんや。俺も人間や。人を好きになりたいし、恋愛もしてみたい。人並みに、そういうことを経験したいって、おもとんねん。いっつも」
「ただ、相手がいないと」
「いつからやろなあ。思い出せんけど、世の中の人間全員が俺のことを嫌っとるとか、見下しとるとか、そういうことを本気で考え始めるようになってん」
「俺にもよう言うとったな。どうせお前も俺のこと見下しとるんやろ、とか」
「そう思わずにはおられんのや。それは絶対にないって、信じとってもな。心のどっかでは、そういうことを考えてまうねん。特に、お前に彼女が出来てからは」
「まあ、俺はあの子と絶対に結婚するって、告った時に決めたからな」
「俺にも、そう思える人がおればよかったんやけどなあ。まあ、ただの言い訳か。そもそもは、俺が本気で誰かを好きになれるくらい、人と真剣に向き合おうていう決意ができんかったんが原因やろうからな」
「もしかしたら、それが恋愛モノの本質なんかもしれんな。人と人とが真剣に向き合って、心と心のぶつかり合いやらなんやらを繰り返して、最後はハッピーエンドかバッドエンドで終わる。そういう心のやり取りが重要なんかもしれん」
「それって、他のジャンルにも言えることやろな。学園モノしかり、ファンタジーしかり」
「物語ってのは、そういう心のみたいなんを呼び起こしてくれるためのものなんやろ。トリックとか、設定とか、そういうのは実は二の次三の次で、ほんまに重要なんは、いかに読者の心を震わせるかってことなんかもしれん」
「なんか、こう、グサッとくるな」
「なんでや」
「いや。今まで俺が書いてきた作品って、まったく評価されてへんやん。それはつまり、俺の作品が誰の心も震わせんかったってことで、もっと言えば、俺自身が心を震わせるような生き方をしてこんかったってことでもあって」
「真剣に生きてこんかったアホたれに、人様の心を揺さぶる物語は書けへんってか」
「そう言われても、しゃあないわな」
「お前は、ほんまに真剣に生きてこんかったんか?」
「……さあ、どうやろな」
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