『夜明けを待つ画材屋のそばで』
「サービスエリアって、なんかテンション上がらへん?」
「え、テンション上がんの、お前」
「前にも言うたけど、車こうたやんか。で、実家帰る時は絶対高速乗らなあかんやろ。せやけど一時間も二時間も休みなしで車走らせるんはなかなか大変なんや。で、サービスエリアに車止めて、ひと休みすんねん」
「そのための場所やからな。で、そこのどこにテンション上がる要素があんねん」
「まず、トイレがやばい。便器がこう、ずらーっと並んどってな、あんなん普通の街中やったら絶対見られへんで」
「あー、なんか思い出してきたわ。修学旅行ん時、たしかサービスエリアでトイレ休憩した時に見たことあるなぁ」
「ほんで、土産物屋がやたら賑わっとる。ご当地品やら名産品やら、まあほとんど食いもんやけど、見とるだけで飽きへんし、ああいうのもサービスエリアならではの光景やから、なんか非日常感があるやろ」
「言われてみれば、ちょっとしたイベント会場みたいな空気感があるかもな」
「あと食事処がなんかこう、懐かしいっちゅうか、学食みたいな感じで『あー、そういうや学校の食堂ってこんなんやったなあ』ってしみじみできる」
「基本食券買うからな。メニューも麺類とか丼ものとかやし」
「なにより各々のサービスエリアに、その地域の特徴とか、有名なもんの情報とかがアピールされとるっちゅうんも、テンション上がるポイントなんよ」
「そういうの見ると、ただの移動でもちょっとした旅行気分になるからな」
「そうそう、それや。もっと言うたらな、あそこ行くと、自分が世界を旅してる、冒険してるっていう気分をそれとなく味わえるねん」
「運送業とかバスの運転手でもない限り、やたらめったら行く場所じゃないからな」
「人も車もたくさんおるしな。んなことないとわかっとっても、こんだけいろんなとこからいろんな人が来とるんやったら、何かこう、特殊なイベントとか起こらんかなって、期待してまうんよ」
「いや、それはなんぼなんでもないやろ」
「わかっとるって。でも、なんかそういう不思議な期待感っちゅうか、高揚感みたいなんがでてくんねんな。いうて、サービスエリアは通過点でしかないんや。俺には目的地があるし、そこに立ち寄った人らにも目的地はある。ほんの一時的に、その場所におるにすぎん。でも、だからこそその偶然の一致に、なんかこう、運命みたいなもんを感じたくなんねんて」
「サービスエリアにそこまで求めるんはさすがに酷やろ」
「まあな。でもそういうんを、感じてまうんやな俺は。たぶん俺にとって、サービスエリアは特別な場所やからなんやろうけど」
「特別な場所?」
「この年になるまで、俺は一人でサービスエリアに行ったことがないねん。車の運転ができんかったから当たり前なんやけどな。ほとんどは家族旅行の時に立ち寄ったくらいや。せやから思うねん。つまらんことやけど、俺も一人でサービスエリアに行ける程度には大人になったんやなって」
「車の運転ができるっていう条件がつくからな。言うなれば、ドライバーの特権か」
「そう考えると、高速道路ってなんか特殊なダンジョンっぽいよな。必須スキルが車の運転で、運転免許という許可証も必要。高速道路をバンバン飛ばす車の群れはモンスターで、サービスエリアはセーブポイント兼回復スポット、みたいな」
「ETCカードというアイテムがあれば、ゲートが開く」
「それっぽいな。そしてゲートの向こうは生身でぶつかると即死確定の怪物どもの巣窟」
「高速道路を歩くバカは……あー、たまに自転車で侵入したっていうニュースは聞くな」
「勇者やな」
「ただのはた迷惑なアホやろ……そういえば、もう何年も前に、一度俺とお前の二人でサービスエリアに行ったことがあったな」
「おお。やっと思い出してくれたか」
「ああ。あれは俺とお前が初めてコミケに行った時のことやったな。夜行バスに乗って、夜明け前に、ちょうど今みたいな空やったな、そんくらいの時に、バスを降りてサービスエリアでひと休みしたな」
「もう、十年以上も前のことや。それでも俺は、あの時のことをよう覚えとるよ」
「お前とは今までいろんなとこに行ったけど、思えば一番長い距離を移動したのが、その時だったな」
「今はもうさすがに無理やろな。あの時みたいに、どっか行くんは」
「大人になったんだよ。俺もお前も」
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